「ユリアはバトルタワーにはいかないのか?」
私の家でコーヒーブレイクをしているさなか、彼は唐突に呟いた。
「うーん。いかない、かな」
私は曖昧に笑いながらコーヒーを啜る。
ダンデは強い人だった。もちろんバトルの強さも筆舌に尽くしがたいものであるが、精神面でも彼は強かった。現チャンピオンに敗れてもなお、バトルタワーというものを構築し、彼の夢――ガラルのトレーナーを強くする――を叶えるために東奔西走しているのだった。
そんな彼のことを尊敬する反面、羨ましくも思っている。それだけの強さを持ちたい。持てたらどれだけ良いか。
彼は私にバトルに興味を持って欲しいようだった。しかし、私はどうしてもそういうことに興味を持てなかった。一度ダンデとバトルして大敗を喫したのも理由の1つではあるが、ポケモンが傷つくのを見ると心が傷んだ。
「ユリアのデンチュラなら結構いい線いくとおもうんだけどなあ」
独り言のように言う彼に「まあ、そのうち、ね」それだけ言って、かねてからの質問を投げかける。
「ねえ」
「どうした?」
「あの、私はバトルに興味を持ててないけど…どうして、どうして私と一緒にいるの? 」
ずっと不思議に思っていた。彼の隣にはもっとバトルに興味を持てる強いひとが相応しいのではないかと。バトルが大好きな彼とそうではない私、どう釣り合いがとれているのか私にはわからなかったのだ。
彼のことをそっと見る。神妙な面持ちである一点を眺めていた。彼が考えているときの仕草だった。私はそんなダンデの表情が好きだ。
「そうだな…ユリアは『オレ』自身のことを見てくれているからかな」
「ダンデ自身…?」
「そう。オレの周りには、どうしてもオレ以外の…肩書とか、そういうものを見て寄ってくる人がいる。むしろそういう人しかいない。でも、ユリアは違う。オレのことを見て、たまには真面目に叱ってくれたりして…。そういう人に出会ったのは初めてだな。それに」
「なに?」
「ユリアはバトルに興味ないかもしれないけど、オレのポケモンの話をニコニコしながら聴いてくれるぞ。そういうユリアは好き、だな」
ダンデの回答をきいて、私は心がじんわりと温かくなる。そう、思ってくれてたんだ。確かに私は他でもないダンデ自身のことが好きだ。きっと彼がチャンピオンでなくても、アイスだろう。それに、ダンデがするポケモンの話を聴くのは好きだった。好きな人の好きなものを話している瞬間、それは素敵なもので、他に勝るものはない、私はそう確信している。
「私でもいいのかな」
「ユリアでないとダメだ」
彼は笑った。私の好きな笑顔だった。
「ねえ」
「次はどうしたんだ?」
「キスして。私でないとダメって教えて」
私の我儘に、彼は顔を緩ませて、私の近くまで来ると、キスをした。ほんの数瞬のキスに彼の熱を感じて、彼の気持ちが本物だと知る。
「ユリアがいないとダメだ」
彼の真剣な表情で紡がれる言葉たちに、私はより一層彼と共にいたい。そう思うようになった。私の全てを全部預けて、彼の全てを受け取りたい。――だから。
「バトルタワー、目指してみるよ」
「いいのか?ポケモン…傷つくんだぞ」
「うん。すぐには難しいかもしれない。でも、ダンデの思いを聞いて、ダンデの見てきたものを私もみたいと思ったの」
「そうか。分からないことがあればなんでも訊いてくれ。元・チャンピオンがみっちり指導するからな」
「スパルタは…やだなあ」
ここまで話して、お互い笑いあった。
きっと私たちはアンバランスながらも、均衡をとって関係を続けていくのだろう。そうであると良いと思った。
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