朝日のまばゆい光のなかで私は目が覚めた。波のさあさあという音が耳に心地よく響いて、私はこの街が好きだな、そういった気持ちを心にゆっくり浸していく。

 「起きたかい?」

 馴染みのある声が聞こえる。大嫌いで、でも離すことはできない、その人の声だった。声のある方を向くと彼もまた海のように穏やかな表情をしていた。珍しく。

 「どうして…ここへ」
 「キミのお母さんに一言言ったのさ。『今日は一緒に出かける日なんですよ』ってね」

 今日がでかける日?寝耳に水のその提案に眉を潜める。

 「そんなの…聞いてない」
 「そうだろうね。初めてキミに話したから。…海辺を散歩しないかい?」

 手を差し出すあなたに、私は躊躇いながらもその手を取った。私はあなたの誘いを断ることができない。

 私は出かけるための支度をする。お気に入りの赤いワンピースを着て、軽く化粧を施し長い髪はゆるく一つに纏めた。ダイゴに化粧をしていない顔を見せるのは初めてだった。「キミは化粧映えするタイプなんだね」なんて嫌味か褒め言葉かわからないようなコメントをもらった。

 「アイシャ、きれいだよ」
 「嘘なんてつかないで」
 「嘘じゃないさ、本当に、きれいだ」

 彼の目は私を射止めていた。私の心が浮ついていく。

 私たちは言葉少なに浜辺を歩く。海は太陽の光を吸って青々としている。一方で、残りの光は目一杯反射してキラキラ輝いていた。潮風が私たちの肌を撫でていく。遠くで汽笛が鳴った。私は海が大好きだ。

 「ポケモン、出していい?」
 「もちろんさ」

 私の相棒、ホエルコを出してみた。彼――ホエルコはオスだ――は、海に出すととても喜ぶ。今も水に浸って気持ちよさそうにしていた。その仕草を見るとなんとも和む。ダイゴも自身のメタグロスを出して遊ばせていた。ホエルコとメタグロスが楽しそうにじゃれ合っている。トレーナーである私たちと違って彼らは仲が良い。

 「ホエルコも良く育ってるね」
 「ダイゴに手伝ってやっとゲットできたポケモンだもん。そりゃ愛着もわくよ」

 そう、このホエルコはダイゴに手伝ってもらってゲットすることができたポケモンだった。私はどこまでも彼に依存している。

 「…そうかい」
 「いつか、ポケモンコンテストとかにも出したり…できるのかな」
 「キミがそんなことできると思うかい?ボクがいるトクサネから離れることが」

 図星だった。私はここから離れることができない。私は、ダイゴがいないと。

 「そう…かもね」私は曖昧に答える。ダイゴはそうでしょうと言わんばかりのあの悪い笑みで私を見ていた。その表情は嫌いだ。こんな、こんな素敵なところにいるのに、私の心が沈んでいく。

 「ねえ」

 話を反らすように私は彼に質問をする。「なんだい?」ダイゴはさっきの表情が嘘のように優しい顔で私に返答した。

 「どうしてここにこようって言ったの」

 かねてからの疑問だった。だいたい私たちがやることと言えば、ダイゴの石の話をきくか、ダイゴの家でセックスをするかのどちらかだった。爛れた関係ですることなんて、そんなに多くない。

 「そうだね、なんとなく、かな」

 ややあってそう答えたダイゴは釈然としない様子でそう答えた。本当になんでだか分からない様子だった。

 「そっか」

 楽しい?浜辺に腰掛けながら私は訊く。続くようにダイゴも腰掛けた。ホエルコ達は相も変わらず楽しげにしていた。私たちもあんなふうに仲良くなれるのならば。否、無理だ。到底叶わない話だった。

 「キミといるのに不思議と楽しいよ」
 「…余計な一言ね」
 「事実さ」
 「海も悪くないでしょ」
 「そうだね。石の方が良いけれど、海も悪くない」

  彼の石好きは本物だった。けれど、悪くない、そう言われたことが少しだけ、ほんの少しだけ嬉しかった。
 私は目を閉じた。

 「こうやってね。目を閉じるの。そうして風と音を感じるの。そうすると嫌なことだってなんだって忘れられる…」

 やってみて?私はダイゴに促す。ダイゴは目を閉じた。

 「…こうかな」

 しばらくダイゴはそうしていた。波の音だけが聞こえた。 
 彼の顔を盗み見るとなるほど端正な顔立ちをしている。きっと、彼に言い寄る女性も少なくはないのだろうな、ぼんやり考える。
 「悪くない」ゆっくりと彼の目が開けられた。その動作にも見惚れてしまう私がいた。

 「キミのことを少し知れた気がするよ」
 「私のことを知るのは嫌?」
 「まあ、悪くないよ。そういう訊き方をするのは嫌だけどね」
 
 気が付いたら青だった海は赤も吸っていた。

 「帰らなきゃ」

 ポケモンをモンスターボールにしまう。ホエルコが海を名残惜しそうにしていた。また連れていってあげるからね。

 「送っていくよ」

 言葉少なに帰路につく。あの二人と二匹だけの空間に名残り惜しさを感じて私は思わず私の手を彼の手に絡ませる。彼は何も言わずされるがまま、私たちは手をつないで歩いていく。

 「ここまででいいかな?」
 「うん、いつもありがとう。こうやって、外に出るのも…私、好きだな。たまには、こういうこともしたいと思う」

 私の「お願い」に彼はややあって「考えておくよ」それだけ答えた。
 夜を纏った空気に中てられながら踵を返す彼の背を見る。もっとお互いのことを知ることができたら、こんなことにはならなかったのでしょうか。きっとこの疑問に答えられるのは神様しかいない。

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