ぴぴぴぴ、ぴぴぴぴ、ぴぴぴぴ――

「ちょっと、……つかれちゃった」

体に力が入らない。だるい。重い。目覚ましを止める気力すら出ない。布団から出たくない。出られないのか?仕事に行かなければならないけど、昨日の上司の悪質ないじめにも、業務にも、少し、疲れてしまった。

ぴんぽーん、鳴らされた呼び鈴にも反応することが出来ずにその音を聞いていた。こんな時間に来るのは赤木さんくらいだろう。赤木さんなら合い鍵を持っているはず。頼むからうっかり忘れたなんてことにならないで――そう思っていると、がちゃり、ドアの開く音がした。よかった、持っていてくれたのか。

「沙良、?」

目覚ましが鳴りっぱなしの部屋に聞き慣れた声が聞こえてくる。体に力を入れる気は起きず、声だけを出した。

「はい……すいません、目覚まし……止めてもらえますか」

わたしのその声を聞くと、赤木さんは言われた通り鳴り続けているそれを止めた。こんもりと盛り上がっている布団の隅に腰かけて、わたしの顔を覗き込んだ。

「おはよう、沙良。なんだ、具合でも悪いのか?上司にセクハラでもされたか?」

そう言ってわたしの髪をやさしくなでて笑う赤木さんに、わたしはとてつもない優しさを感じて。どうやらやっぱり疲れているらしい。ふいに感じる赤木さんの優しさに、わたしは気づいたら頬にあたたかい涙を伝わせていた。

「……うぅ、赤木さん……っ」

それまで覗き込まれても背けていた顔を赤木さんの方へ向けると、赤木さんはぎょっとしてわたしの頬に伝う涙をそのきれいな指でぬぐった。

「!?ど、どうしたよ、沙良?」

どれだけ努力しても報われず、上司からは怒られ続け、同期からも白い目で見られる。入社一年目だから仕方のないことだと分かっていても、やはり悲しいものは悲しかった。

「……っ仕事が、……つらく、て……っ」

一度流れ出した涙は、止めようと思ってもそう簡単にはいかなかった。とめどなく流れ続ける涙は赤木さんの手にぬぐいきれず、寝たままでいるわたしの耳の方まで伝った。

「…………」

ひく、としゃくりあげながらそれ以降無言で涙を流し続けるわたし、何も言わない赤木さん。ああ面倒くさい女だと思われるだろうか、そろそろ泣き止まないと。そう思っていると、赤木さんはわたしをぎゅっと抱きしめた。

「っ……!?」

「今日は、仕事休めや。まる一日俺といるのも悪かねェだろう」

きっと女の人をこうやって慰めることはそんなにないのだろう、一生懸命選んだと思われる言葉を赤木さんは少しだけ早口になって言った。早口、赤木さん、恥ずかしいのにそんなこと言ってくれたんですね。そんな赤木さんのことがとたんに愛おしくなって、わたしは赤木さんの背中に手を添えて抱きしめ返した。

「……はい」

そんなわたしの反応に少しだけ笑った赤木さんの息がわたしの耳をかすめた。赤木さんはわたしの肩口にうずめていた顔を離してわたしと正面から向き合うと、まだわたしの頬に残っている涙をぺろりとなめた。どうやら涙はひっこんだようである。

わたしと赤木さんは見つめあった。赤木さんはさっきの言葉で少し恥ずかしいし、わたしだってぼろぼろの寝起きの泣き顔を見られてちょっと恥ずかしい。どちらからでもなくわたしたちは目を瞑って、そうして唇を重ねた。

そんな赤木さんとのキスは、いつもの煙草と、ちょっぴりしょっぱい涙の味がした。


Tear×Cigarette Kiss