今夜はどうやら流星群の極大日らしい。なので中学生のわたしが所属している科学部では、天体観測を行うことになった。

……はず、だった。

というのも、廃部の危機で有名なこの科学部、部員がとにかくいない。そしてその部員たち、今回に限って口々に「休みます」。なぜか部長まで「すまん、休む」。

結果的に今回の観測に参加するのはわたしだけ、という話。つまり、悲しいかなひとりぼっちというわけなのである。

いっそのことわたしも休んでしまえばいいのかという考えも脳裏をよぎったが、星を見るのが大好きなわたしはほぼこの天体観測のために科学部に入部したようなもの。それなりに良い望遠鏡、見晴らしの良い屋上。このチャンス、逃すわけにはいかない。

そんなこんなで、今は屋上へと向かう階段を登っている。先程は少し雲があったが、風があったので晴れるだろう。

今回は通常の天体観測とは違い、広範囲に及ぶ流星群なので望遠鏡は必要ない。しかし、先程述べたようにここの望遠鏡はなかなか高機能であるのと、今日は空気が澄んでいるので通常の観測もできるだろうと考え、望遠鏡も持っていくことにした。

極大時刻までまだ二十分ほど時間がある。だが、屋上の扉に近づくごとに心が弾んでいくのが分かる。今日は何個見れるだろうか。どれくらいの速さだろうか。そう考えると、重い望遠鏡を背負っていても足取りが軽くなる。

そして屋上の扉が見え、わたしは扉の前で一度立ち止まった。

ここで天体観測をするときはいつもこうしている。そして願うのだ、『天候に恵まれますように』『良い星が見られますように』と。

そうして胸を躍らせながら扉を開いた。重いその扉からは金属音が、音が反響する階段に響く。

足を一歩踏み出した。そして後ろを向き、扉を閉める。がちゃん、と鳴る音は、まるでわたしだけの空間、至福の一時の合図のようであった。

しかし、そこは『わたしだけの空間』ではなかったのだ。

扉を閉め切り、前を振り返る。そこには――

「……赤木、くん?」

手すりに肘をつき、わたしに背を向けて真っ白い髪をなびかせている少年が一人。彼は振り向かず答える。

「うん、赤木くん」

そうおうむ返しする赤木くん。背を向けたまま、心地良い声で。

「あなたも天体観測?隣、良い?」

「ああ」

わたしは赤木くんの左隣に荷物を置いた。彼の荷物が一見見当たらないのでどこだろうと見回してみたのだが、ない。どうやら彼は手ぶらで来たようだ。毛布まで持ってきているわたしとはやはり違う。

「……よく、名前……覚えてたね」

しばらくして、赤木くんはそう言った。あまり彼が自分から会話を始めることはないので、準備を済ませたわたしは彼の隣で手すりに腕をかけ、彼を見た。

「うん。……部員数、少ないしね」

わたしは苦笑いしながら答える。

彼――赤木しげるは、いわゆる「不登校」。そして、この科学部の幽霊部員でもある。あまり顔を合わせたことがなかったのだが、幸い彼以外に幽霊部員はいないので、見ない顔だったら赤木くん、と分かるのである。

赤木くんはまだ何か言いたげだったけれど、あえて訊かないことにした。しつこい女と思われても仕方ない。

そうしてまたしばらく時が経ち、流星群の極大時刻となった。わたしは先程から眺めていた夜空を、再び注意深く見つめる。

先程まであった風も止み、雲は綺麗に晴れていた。星を見るのに最適な、雲ひとつない夜空。数多の星たちが、濃紺のキャンバスの上で踊っている。そして、赤木くんは口を開いた。

「…………ねぇ」

「ん?」

わたしは流星群を見逃すまいと、瞳は夜空に向けたまま答えた。

「……藤城さん、だっけ。……ありがと」

その言葉でわたしは振り向き、赤木くんを見つめた。彼は、とても――とても優しい目でわたしを見つめていた。

「名前、覚えてくれてた生徒、藤城さんが初めて、かも」

今のわたしはとても間抜けな表情をしているだろう。だが……あまり見たことも、話したこともない人だったけれど、そんなことを言われて、心底、わたしも嬉しかったのだと思う。

「……ふふ、赤木くんだってわたしの名前覚えててくれたじゃない」

わたしの前で初めて歯を見せて笑った赤木くんの背に、すらりと一筋の星屑が大気圏へと突入した。


流るる星と、それから君と