人間たちの発する騒音が耳に痛い。

今の時間の学校は昼休み。高校の食堂で食べる者もあり、教室で食べる者もありと、皆思い思いの場所に散っていく。

そして沙良は、教室にいる。正確に言うと、「まだ」いる。

昼休みなのだからであろう、沙良のいる教室は皆がリラックスして自由に会話している。だが沙良にとってその声は、ただの騒音に過ぎなかった。うるさいな、と思いながら沙良は席を立つ。向かう先は、屋上。

教室の扉を開け、移動したり遊んでいたりする人々の間をすり抜けていく。やはり人ごみや騒音は好きではないと沙良は思う。屋上への階段を登り、重い扉を開けると、白い雲が浮かべられた青空が覗いた。そこに足を踏み入れ、扉を閉める。がちゃん、という音とともに。

そしていつも通りに水道タンクの裏側へと足を進める、これらの動作全てがすでに沙良にとって習慣になっていた。この学校に沙良が入学して、屋上でも昼食が摂れる(正確には正式に許可されているわけではないのだが、何を隠そう鍵がかかっていなかった)と知ってからは、雨の日以外毎日来るようになった。

そんなわけでここのいい所は、沙良のほかに誰も人がいないことなのである。だから落ち着いて昼食を摂ることができるのだ。暖かい昼下がり、爽やかなそよ風に包まれながら。

そして沙良は水道タンクまでたどり着く。だがしかし、そこで見たものは――

「…………」

「……ん、来たか」

男。

よく知る、男。

「……アカギ?」

沙良がいつも座っているその場所にくつろいでいる、本来ならばこんな所には立ち入れないはずの、男。

「座りなよ、ここ」

そこには、缶コーヒーを飲みながら自分の隣を手で軽く叩くアカギがいた。なぜ19歳であるはずの彼が高校の屋上にいるのだ。どうやって入った。そしてどうしてそれなりに広い学校の、そのうえ屋上の、しかも入り口からは見えないようなこの水道タンクの裏にいるのだ。様々な疑問が沙良の頭に浮かぶ中、とりあえずアカギの隣に腰をおろしてから初めに頭に浮かんだ疑問を問うた。

「……何でここ、知ってるの」

「沙良が来そうだなと思って。校門だって開いてたし、入り口の事務室には誰もいなかったし。どうせ沙良のことだから人ごみは避けるだろ?そしたら案の定ここは開いてて、人から見えない場所、ここにやっぱり沙良は来た」

「……ふーん」

怖い。どうしてここまでわたしのことが分かるのだ。全く末恐ろしい。怖い。適当に相槌を打ちながらも唯一つその思いだけが沙良の頭の中を支配していた。もう、完全にこちらの心理を読まれている。そのような心理戦の類に関しては、アカギはプロ並みに長けているわけだから。沙良は、やはり敵わないな、この人には……と頭の中で考えた。「そういう関係」なのだから、仕方のないことなのかもしれないけれど。


立ち尽くす屋上