「赤木くんへ
赤木くんは甘いもの好きかどうかわからないけど、
よかったら、食べてもらえると嬉しいです。
   藤城より」

バレンタインデーのあの日、何がスイッチを入れたのか、わたしは以前から好意を抱いていた赤木くんにチョコを渡すことにした。そして図々しくも、わたしはあのチョコの包装紙にお手紙を挟んでいたのである。正直今となっては後悔している。いつもはそんな自分の思いをさらけ出すような性格ではないのに。思い切りとは怖いものであると感じる。一方的な恋心だっていうのに、気持ち悪いでしょ、わたし!

そんな後悔と自責の念でいっぱいになりながら、わたしは1ヵ月を悶々と過ごした。その間も赤木くんは学校に来たり来なかったり、やっぱりバレンタイン当日に彼が学校に来たのは運が良かったと言うべきか、だけれどもあの日から彼を学校で見かける度にわたしの顔は赤くなってしまって、やっぱり渡さないほうが良かったのではないか、いやあれをきっかけにしなければ何も進展しなかった、とか、わたしの思考回路は長々しい堂々巡りを繰り返すばかり。

そんなこんなで、とうとう今日は3月14日、ホワイトデーになってしまった。

あの赤木くんだから、貰ったことすら覚えてないんじゃないか、とか、いやでもお返しくれたらどうしよう、それはそれで恥ずかしい、でも嬉しい、だけど貰えなかったら、……と、わたしの堂々巡りは終わらない。

少しばかりではなく浮ついた心をしずめながら、校門に入る。赤木くんとわたしは同じクラスだから、下駄箱も近い。……見てみると、まだ来ていないようだった。そうだ、赤木くんは朝からきちんと学校に来るなんてことは滅多にないもんね。自分を納得させるも、今の思考でわたしは赤木くんが学校に来ることを期待しているようであることは明らかになってしまった。堂々巡りにみえる思考回路も、なんだかんだ自分の中で結論は出ているのだ。そして、その結論という期待が裏切られることになるであろうことも。



やっぱり、3月14日の今日、赤木くんは学校には来なかった。まあ、仕方ないよね。1ヵ月前わたしを応援してくれた友達はわたしを励ましてくれたけど、赤木くんはきっとわたしのことなんか目にも留めてない。でも、ささやかなこの思いをチョコにして伝えられて良かった。それだけで良かった。


「ねえ、藤城さん」

校門をぬけて少し歩いた所で、わたしを呼び止める声。あまり聞かない、でもしっかり耳に焼き付いている、あの日聞いた声、もしかして――

「……あ、赤木、くん」

「これ、あげる」

振り返った先にいたのはやっぱり紛れもなく赤木くんで、わたしが驚いている間に彼はわたしに何かを差し出した。

「わ、……」

小ぎれいにラッピングされた袋。少し震える指先でそれを受け取る、箱ではなくふわふわとしているあたり、ハンカチか何かだろうか。と、いうか。

「じゃ」

赤木くんはすぐに踵を返して背中を向けてしまった。待って、まだあなたに言えてない、大事なこと、うまく声が出ない。ああ、お手紙にはちゃんと書けたのに。いつもそう、どうしてこうも、あなたを目の前にすると、どきどきして、うまく声が出せなくなってしまうんだろう。

でも、今日のわたしは。

「っま、待って!」

慌てて、思い切って出した声は、思いのほかいつもより大きな声で。赤木くんが少し驚いたように肩越しに振り返って、わたしを見つめる。言わなきゃ。深く息を吸う。

「あ、赤木、くん」

伝えなきゃ。学校をサボっても、この日にわたしにお返しをしてくれた、その感謝の気持ち。

「……ありがとう」

「……たいしたものじゃ、ないし」

そう言ってまた背中を向けた赤木くんだけど、心なしか、赤木くんの目が少し見開かれた後、彼の頬が少しだけ赤くなったような気がしたんだ。


ふたりの第一歩
(雪のように淡い恋心、君の手のひらで融ける)

20160314