「俺には、どっちの進路がいいのかな」

うす明るいほのかな家の光の中、悩める学生は呟いた。

「んー……」

学生が呟くと、同じ部屋でテーブルに肘をつきながらグラスを傾けていた女はよくわからない声を発する。

「ぜろぉ……トニック、もっと、出してきて……これに、ついで」

彼女はそう言いながら、零と呼んだ学生に少し酒の残ったグラスを差し出す。その様子からして、少し酔いがまわっているようだ。

「……ん。分かった」

零は、自分が真剣な考え事をしているのにも関わらず彼女がいい気分で酔っていることに少しの不信感を覚える。でもまあ、金曜日だし、酔いたいんだろう。そう自分で理由づけて彼は解決させた。

彼女の向かいの椅子におろしていた腰を上げて、グラスを受け取り冷蔵庫へと向かう。

「氷、足そうか?」

「んー……ん、1個だけ」

そんな会話を交わした後、零は事前に砕いてあった氷をからんと1つグラスの中へと入れた。その後、冷蔵庫からトニックウォーターを出し、同じグラスに注いだ。小さな、細かい無数の泡の粒が水面から踊るように弾け飛ぶ。

「はい、沙良」

零は彼女を沙良と呼んで、彼女の前にことんとグラスを置いた。そして自分も座っていたところに再び腰を下ろす。

「ありがとー……」

沙良はグラスを持つと、すぐにまたぐいっと一口喉へと流し込む。

未成年である自分が酒をつぐなどというような、そんな行為をしていいのかと一瞬零は思うが、家だし、まあいいかと彼は自分で納得した。

「――自分で、答えは出てるの?」

少しの沈黙のあと、不意に沙良が呟いた。零は少し驚いてうつむいていた顔を上げるが、沙良はとろんとした瞳でグラスに浮かぶ氷を見つめているだけであった。

「――……え?」

零はいきなりの彼女の言葉に少し唖然とした。沙良はそのまま話を続ける。

「その答えに……自信がない、だけじゃない……?」

橙色のやわらかな光に照らされた沙良は、そう言うとまた少し酒を流し込んだ。返答を求めず、独り言のように彼女の口から言葉が紡ぎ出される。酒で濡れた唇が、零の瞳に少しばかり妖艶に映った。

「素直に、正直になりなよ、自分に。」

零は少し驚いた、だけどとても真剣な瞳で沙良を見つめ直した。

「ぜろは、もっと、自信をもちなよ」

そこまで言うと、沙良はグラスの近くに置いていた手を少し伸ばして、つまみのチーズを取った。

零はまだ彼女を見つめ、何も言わずにじっとしている。

そして沙良がチーズの包みをはがし、半分ほど食べおわった時に、彼は言った。

「……ありがと」

零はほほえみながら、ほろ酔いの彼女に向かって言葉を続ける。

「沙良のおかげで、自信がついたよ」

「んー……」

どうやら沙良はもう眠くなっているようだ。零はくすっと笑い、席を立ってそんな彼女の肩を優しくたたき、言った。

「ほら、もう布団に行こうか」

「ん、んー……」

沙良は目を閉じながらも腰を上げ、零の腕を掴んでベッドへと移動する。

彼女は布団にもぐりこむと、まもなく寝息をたて始た。零はそんな彼女に、ほほえみながらやさしく囁いた。

「……ありがとう、おやすみ」

どこかあたたかい、冬の夜であった。


リキュール・ラブレター
(酒があるから、思い切れる、そして)