「アカギさん、オーケストラ聴きませんか?」
そうわたしが言い出したのは、先日のことです。
「……いいけど、いつ?」
「明日の夜です。わたしのフルートのお師匠さんが出てて……昔は定期演奏会いつも行ってたんですけど、最近は忙しくて行ってないんですよね。どうですか?」
「ん、いいよ。」
アカギさんはナチュラルにオッケーしてくれました。割と乗り気なようで嬉しいです。
「駅の近くのホールでやるんです。お仕事終わったら連絡するので、電車に乗って一緒に行きましょう」
やったあ、アカギさんと音楽鑑賞デートです。
*
「あれ、雨ですよ」
改札をぬけて駅を出ると、雨が降っていました。
駅からホールまでは少し歩きます。傘なしでは歩けないので、わたしはこんなこともあろうかと用意しておいた折りたたみ傘をかばんから取り出しました。
折りたたみ傘なので、そんなに大きくはありません。もちろん手ぶらのアカギさんは傘なんか持っていませんから、小さな傘にふたりで相合傘をする形になります。お互いの肩が、少しだけ濡れました。
そんなこんなでホールに着きます。わたしたちはチケットを買って、プログラムをもらいました。
席に着いて、わたしが上着を脱いだり少し濡れた髪をタオルで拭いたりしている間、アカギさんは案外真面目にプログラムを読んでいました。
「アカギさん、意外とクラシックとか好きなんですか?」
「そんなことない。ただ、音楽とは無縁だからね……たまには良いかなって」
そう言っているアカギさんの目は、純粋にきれいだなあと思うような、そんな目をしていました。
*
わたしたちは、曲間に少し言葉を交わしながら、演奏を聴きました。
言葉といっても、「あれが沙良の先生?」「はい、そうです」とか、「あの楽器はなんていうの?」「ピッコロって言います」くらいのものです。
そして演奏会が終わって、少し余韻にひたりながら出口へと向かいます。
「アカギさん、どうでした?」
そんなわたしの質問に、アカギさんは少し微笑みながら答えてくれました。
「すごく久しぶりにしっかりオーケストラを聴いたよ。なんだか、心が浄化されたような気がする」
「わあ、良かった」
その言葉を聞いて、わたしは安心して笑顔をこぼしました。
そして、全くアカギさんらしくない言葉が。
「誘ってくれてありがとう、沙良」
ぼっと真っ赤になったわたしが恥ずかしさに少し駆け足で外に出ると、雨はもうやんでいました。
レイニー・オーケストラ
橙