茜色に染まる、放課後の音楽室。

そこから聴こえてくるのは、どうやら練習中と思われるたどたどしいドビュッシー。

その音を頼りに、普段は立ち入ることのない夕焼けの廊下を歩く白髪の青年が一人。

その青年が、今、音楽室の扉を開ける。

がらがらがら――

ドビュッシーが止む。扉に背を向けてピアノに向かっていた少女は振り返った。

「あれ、アカギさん!どうしたんですか?こんな所まで」

少女は驚いた様子で青年の名前をアカギ、と呼んだ。アカギは後ろ手に扉を閉めながら答える。

「なんとなく、沙良に会いたくなってね。この時間ならまだ学校にいるかなと思って」

「それで滅多に来ない学校まで直接来たんですか?わたしがお家に帰るまで待ってれば良かったのに……」

沙良、と呼ばれた少女はそう言って、照れくさそうにしながらもふわりと笑った。

「それよりも」

アカギはピアノのそばにある机に腰かけながら続ける。

「ん?なんですか、アカギさん」

「さっきの曲。続けてよ、なんて曲?」

「あぁ、さっきの曲ですか?……んー、ドビュッシーの『アラベスク』って曲の第一番なんですけど、その、練習中だから「続ける」と言っても、止まったりしますけど、それでも良いですか?」

「良いよ。沙良のピアノ、聴きたい」

「えへへ……照れちゃうな。わかりました」

そう答え、沙良は少し座り直し、再びピアノを奏ではじめる。ところどころつっかえたり、反復練習を挟みながらも続いてゆくアルペジオ。一音一音に気を遣った沙良の音が、音楽室から廊下に響いてゆく。

しばらく、そうやって沙良はアラベスクを練習していた。すると、

「……っわ!?」

いつの間にか沙良の背後に来ていたアカギは、鍵盤の上に乗せられた沙良の手にそっと触れた。練習に集中していた沙良は声を出して驚く。

「……音楽はよく分からないけど、音には性格が出るって本当なんだな。沙良の音、すごく綺麗だ」

ピアノを弾いてる沙良も、すごく綺麗だよ。

そう耳元でアカギが付け足すと、沙良はみるみるうちに耳まで真っ赤になり。

「〜〜〜っ……!!も、もう日も暮れますし!帰りましょっ、アカギさん!」

慌ててピアノにふたをして片付けはじめる沙良を見て、アカギは悪戯ににやり、微笑むのであった。


放課後のアラベスク
(もう高3だし、大学生になってアパート暮らししたらゆっくりピアノ弾けなくなっちゃいますからね)
(ピアノ、買ってやろうか。電子ピアノかなんか)
(……!?)