放課を知らせるチャイムが鳴る。

さようならー、という生徒の声とともににぎやかな声が廊下から響きはじめるのを、学校の司書をしている沙良は図書室で聞いていた。

部活に急ぐ生徒もいれば、友達との雑談に花を咲かせる生徒もいる中、少しずつ図書室にも読書好きの生徒が入ってくる。

生徒たちが差し出してくる、それぞれが選んだ本をカウンターで貸し出し手続きをして、合間に残った仕事を片付けていると、よく知る人物が図書室に入ってきた。読書好きの青年、工藤涯だ。

彼は迷うことなくいつも彼が向かう本棚に向かい、その周りの本もちらちら見ながら、最終的に一つの分厚い本を取り出す。そして今まで借りていた本とともに、カウンターにいる沙良のもとまでやって来た。

「お願いします」

かしこまった声と口調で言う涯の瞳を見れば、心なしか普段廊下を歩く姿を見かける時よりもやさしい瞳をしている。本当に本が好きなんだなあ、と思いながら沙良は答えた。

「こんにちは、工藤くん。もうあんな分厚い三国志読んだの?速いねぇ」

涯ほど足繁く図書室に通う生徒はそうはいない。そのためか、涯が借りる本の話を沙良がし出してから、沙良と涯はよく話す関係になった。と言っても、「生徒と教師の関係」を超えることはないのだが。

「そうですね。帰っても、特にすることがそれくらいしかないので」

涯が今まで借りていた三国志の返却手続きと、新しく借りる三国志の続巻の貸し出し手続きをしようと沙良が本のうしろに日付のはんこを押したとき、

「あっ、今日工藤くんの日だよ!9月10日!」

そう少し声を大きくして言った沙良の言葉にはじめは疑問符を浮かべていた涯だが、沙良がにこにこしながら貸し出し日のはんこを押した所を指で叩くと、程なく理解した。

「あぁ……誕生日とは違いますけど、確かに、そうですね」

「うふふ、じゃあ工藤くんの日記念に、これあげる」

そうして沙良がポケットをまさぐり本の上に乗せたのは、一粒の飴玉。

「これ、最近のお気に入りなの。みんなには内緒だよ?甘いもの食べて、勉強も頑張ってね」

涯はそんな沙良の行動にびっくりするも、少し照れくさそうに笑い、

「……ありがとうございます」

本とともにそれを受け取った。


涯が「この間はありがとうございました。おいしかったです」とはにかんで言いながらまた沙良の元に新しい本を持ってくるのは、それから数日後の話。


本と飴玉と君
(図書室によく通うのは、本が好きだからだけではなくて)

2015.09.10 工藤の日