襲われた。斬られた。時間遡行軍に。
血で着物がゴワゴワするが、それよりも切り口が着物の生地で擦れて痛い。
痛みで脳が痺れてる。まだそれくらいの痛みで済んでいるが、もう少し時間が経てばそんなことでは済まないだろう。
なんたって、右の肘から先がないのだから。
剣勢(はやせ)が左手を引っ張り先頭を切って走ってくれている。
前でピョンピョンと跳ねる背の低い赤毛。左手で私の手を引きながら、右手で自分の刀を握る。
…ああ、作ってよかった。1人なら斬り殺されていただろう。
時間遡行軍には私1人で太刀打ち出来なかった。剣勢が守ってくれなかったら右腕一本では済まなかっただろう。戦ってくれた剣勢は満身創痍で、初陣ながら私を守り、一生懸命に戦ってくれた。
政府に渡すためではなく、自分の為に作った一尺二寸の刀。小柄な私の背に合わせて作った小脇差。朱色に金で書いた菊柄の鞘、朱色の柄、刀身も薄く赤みを帯びている。綾杉肌の刃紋は月明かりでキラリと怪しい光を放っている。
右手が無い今となってはもう一生作ることが出来なくなってしまった。私の最後の作品。
私に霊力が多少あったから顕現できた、私唯一の刀。

森の中を駆け抜けていると、ドカンと音がして、自宅兼工房から火の手が上がるのが見えた。
後ろを振り返れば真っ赤に燃える景色。
足を止めて絶望に暮れた。

「工房が…」
「らい、急いで…早く」
「……わかってる!」

剣勢が腕を引っ張って私を呼ぶ。
現実に引き戻された私は絶望を振り切るように荒く言うと、剣勢のほうを向き、また走り出した。
どれくらい走っただろう。
森を抜けたところで政府の役人が刀剣男子を従えて待っていた。

「薄氷さん。ご無事で御座いますか」

スーツ姿の政府の役人は身じろぎもせず、背筋を伸ばして此方を向いていた。

「……らい。」
「……うん。政府の人だ」

剣勢は私の手を強く握りながら小さく名を呼んだ。不安そうなその声に私は安心するように答えた。

「…薄氷さん。」

役人はもう一度呼びかけた。

「救助感謝いたします。右腕を斬り落とされましたが、それ以外は無事でございます」

剣勢を自分の背の方へ下がらせると、私は一礼をした。

「左様で御座いますか。……しかし、右腕を斬り落とされたとなれば、今後、鍛治職人をやってはいけないでしょう」
「……悔しいですが、そうなりますね……」
「役所までお越し下さい。今後について検討致しましょう。先ずは傷の手当てを。ここは刀剣男子にお任せ下さい。お連れ様も此方へ」
「感謝致します」

もう一度深く一礼をすると、今度は私が剣勢の手を引き、役人の後ろについて行った。


手当てを受け、私は政府の偉い人の前にいた。地位なんて知らない、興味が無い。
赤いカーペットの敷かれた洋風の執務部屋だ。
剣勢はついて来たがったが、廊下で待たせている。

「此度の事、残念であった。災難だったな」
「工房も焼け落ち、右腕を斬り落とされました」
「報告は受けている。安心しろ、奇襲をかけて来た時間遡行軍は全滅させた」
「感謝致します」
「して、今後だが」

そう言って役人は執務机の上で肘をついて指を組んだ。

「代替わりに失敗した本丸がある。そこを貴様にあてがうと決めた。審神者として存分にその霊力を発揮すると良い」
「お言葉ですが……私を審神者にするとは正気とは思えません。私は只の鍛治職人、審神者が務まるとは思いません」
「貴様のあの刀を見たが、良い出来だ。流石今まで数多の刀剣を直して来ただけある。加えて貴様は霊力も申し分無い。無駄に長生きをしているだけはあるな」
「ただ霊力に包まれたあの霊山に居たから長生きしていたにすぎません。あそこを離れた今、私は只の人間と変わらない。直に霊力も衰えるでしょう」
「否、霊山に永く居た貴様はもう既に人では無い。その霊力も貴様のモノだ。……気付いていないとは、呆れたものだ」
「……人では、無い……私が、ですか?いや……そんな、そんな筈は」
「言い切れるかね?」
「それは…」
「思い当たる節があるのだろう。月光の光を受けなければ生きていけない、とかな。」

ドキンとした。心臓の鼓動が早くなる。
拳を握った左手に手汗をビッショリとかいていた。
いつからか、月光を浴びなければ具合が悪くなり、月光さえ受ければ、食事は要らない身体になっていた。ーーー気付いていたが知らないふりを続けていた。
目を背けていた、突き付けられた真実に、私は棒を飲んだように立ち尽くした。

「あの刀を此方に置いていけ。貴様は午の刻に転送場所へ来い。本丸を任せたぞ」
「……!待って、待って下さい!あの刀だけは!剣勢だけは!剣勢がいなければ、私は審神者なぞ出来ません!さ、審神者をやるなら…、剣勢を連れて行くのが条件です!」

声を荒げると、役人と私はしばらく睨み合いをした。
ハァ…と役人は溜息を吐くと、呆れたように口を開いた。

「……仕方ない、あの刀は諦めよう。貴様が審神者を引き受けるならな」
「審神者拝命の件、剣勢を連れて行く条件を飲んで下さるなら、お受け致します。」

私はまだ睨んだまま念を押すようにそう言うと、役人は口の端を上げ、組んでいた指を解いて書類にバンッと判を押した。

「決まりだな。午の刻、あの刀と共に転送場所へ来い。貴様を本丸へ送る」
「……承知致しました。では、午の刻に」

そう言って一礼をして、執務室を後にする。
後ろ手で扉を閉めると、剣勢を探した。

「剣勢?……剣勢!」

右に左に首を振り、大きな声で小柄な赤毛を探す。
あれだけ約束したのに、剣勢が連れていかれたとしたら、事件だ。
剣勢の名前を呼びながら長い廊下を走る。

「剣勢!!」
「……らい」

執務室から遠く離れたホールの隅に、赤毛の頭が揺れた。

「……い、いた!」
「らい」
「良かった………。役人に話を掛けられたりしてない?大丈夫?」
「……大丈夫」

左腕でぎゅっと抱き寄せると、赤い頭は摺り寄せるように肩口に額をつけた。

「……らい」
「…剣勢。午の刻、私は審神者として派遣される事になった」
「……俺は……」
「一緒」
「良かった……」

暫く抱きしめていたが、ホールを行き来する役人の目がチラチラと此方を見ていて、私はゆっくりと体を離した。

「一緒に行こう。本丸へ」
「……うん」

私は、審神者として本丸へ派遣される運びとなった。
……まだ霊力は有る。
この先どうなるのか。考えただけで右腕がズクンとした。
もう鍛治職人は出来ない。刀剣は直す時に出会ってはいるが……不安が募る。
ホールの大きな壁掛け時計を見上げ、「後半刻か…」と溜息を吐いた。
後半刻で、審神者になる。


…………………………
(20190630)
刀剣夢。全く男子が出てこない。
次こそ出てきますきっと。