私は重たい瞼をゆっくり押し上げた。
視界はボヤけている。…焦点が合わない。
長い時間が掛かった気がしたが、私はやっと焦点を結ぶと、そこには天井。そして、剣勢、乱、厚、江雪、小夜が顔を覗き込んでいた。

「あるじさん!目を覚ました?」

乱の声が鼓膜を刺激した。
起き上がろうと左手に力を入れると、掌に痛みが走った。
私はその痛みで完全に覚醒すると、掌を握って、ゆっくり起き上がった。おでこに置かれていた濡れた手拭いが落ちる。
くらりと視界が揺れる。
左手で頭を押さえてそれを堪えると、短刀と剣勢、江雪の顔をゆっくり順番に見ていった。
私が寝ていた布団の周りには、短刀達と剣勢、江雪が囲うように座っていた。

「私…そうか……」

視界が暗転したのは覚えているが、そのあと地面に着くまでの記憶が無い。完全に気絶していた様だ。
私は頭から手を離して掌を見る。
新しく治療されたのか、また包帯で左手をグルグル巻きにされていた。薬研が治療したのだろうか。

「薬研、大将が目覚めたぞ!」

厚が薬研を呼ぶと、丁度水桶を持ってきた薬研も輪に加わった。

「お、大丈夫か?大将。……いや、まだ顔色が悪いな…横になってた方が良い」
「だってさ、横になってろよ」

厚に肩を押されて、私はゆっくり枕に頭を付けた。江雪が優しく掛け布団を掛ける。

「あるじさん倒れたの、宗三さんがナイスキャッチだったんだから。ボク達もびっくりしたんだよ」

乱はそう言った。
成る程、地面に着く前に宗三が受け止めてくれたのか。通りで左手以外に怪我がない訳だ。
しかし、あの宗三が受け止めたとは意外だった。

「…私、どれくらい寝てた?」
「大体二時間でしょうか…。…お加減は如何ですか?」

私の問い掛けに江雪は静かに答えた。
私は江雪の言葉に眉を下げた。

「……大丈夫。皆ごめん。」
「然し、顔色が芳しくありません。強がりは仰らず…無理なら無理と仰ってください」
「大丈夫だって、これは貧血。こんな怪我も、すぐ治るから」

私は左手を出すと、パタパタと振った。

「……らい」
「大丈夫だから、剣勢」
「……俺達は怪我と貧血も心配してるけど、それだけを心配してるわけじゃ無いぜ、大将。…霊力の使い過ぎ、じゃないのか?」

薬研は私の核心をついてきた。どきりとした。
確かに過去最高の六振り顕現させた。しかもそのうち二振りは折られていた短刀の厚藤四郎と太刀の江雪左文字。
私は折れた刀剣を直すのには普通の顕現より霊力を使う事に気が付いていた。そして、刀が大きければ大きい程霊力を多く消費する事にも。
今回は六振り中二振りは太刀で、その内一振りは折れてる。そして短刀三振りの内、一振りは折れた厚藤四郎。
私は前髪を掻き上げると、はは、と笑った。

「…参ったな。…いやね、私もこんなに霊力を消費すると思わなかったんだよ。今朝は朝御飯しっかり食べたて充電したんだけどな」
「霊力ってメシで取れるもんなのか…?」
「そうそう」
「……そうじゃないよね」

小夜は私と厚のやりとりを聞いて、小さな声で否定をした。
小夜は更に続けた。

「昨日の夜中、月を見てたよね」
「……え」

私はがばりと起き上がった。
見られていた。アレを。

「月の光が、粒になっ…」
「小夜!何のこと言ってるか分かんないな!!」

私は気が付いたら声を張り上げていた。
小夜は肩をびくりと震わせる。

「あれは満月が綺麗だっただけだ!それ以外何もなかった!私は月を見てただけだ!!」

一気に言い終わると、私は肩で息をしていた。
背中に汗が流れる。いつの間にかギュッと握りしめていた左手は、じんわりと血が滲んできていた。
私は下を向いた。丁度良く髪の毛が簾のように私の顔を覆った。
小夜がどんな顔してるかも見れなかったし、怖くて誰とも目が合わせられなかった。

暫く沈黙が流れる。

「……らい。今、歌仙達が他の刀を探してる…」

ポツリと、剣勢が今この場にいないメンバーの事言った。

「そう。……じゃあ、私も捜索に参加してこよう…」
「あ……あるじさん…!」

そう言ってよろりと布団を剥いで立ち上がると、乱の言葉を無視し、呆然とする短刀と江雪を置いて、部屋を後にした。
剣勢も後ろを付いて来る。
縁側を少し歩いたところで剣勢は私に声を掛けた。

「……らい」
「…分かってる。今のは不味かったって…。……でも、アレは皆にバレる訳には行かない。人じゃないって、バレる訳には行かないんだ。……怖いんだよ」

私は縁側を歩いていた足を止めて、柱に背中を預けてズルズルと座り込んだ。

私にだって、怖い事位ある。
…バレたら此処に居れなくなる。化け物だって、きっと斬られる。嫌われる。
「こんな奴に霊力を分けられて顕現される位なら、元に戻った方が良い」「気持ち悪い」「出て行け」「殺してやる」「死ね」…頭の中で次々と罵倒が駆け巡る。
…そんなの嫌だ。
もう戻る処は無いのに。
何処にも行けないのに。

私は左手で身体を掻き抱くと、小さく縮こまった。
三角座りをして膝に乗せた腕に顔を埋める。
剣勢は私の横にしゃがみ込んで、私の頭を撫でた。

「…俺は……らいが何だろうと…関係ないから」
「……うん。…うん」

私は蚊の鳴くような声で小さく頷く。噛み締めるようにもう一度頷く。
私達はそのままの体勢でいると、縁側を歩いて来る音が聞こえて顔を上げた。

「……貴方、何やってるんですか」
「宗三…?」
「具合はもう良いのですか」
「ああ、今ちょっと休憩してただけ。私も刀探し、してたんだ」

私は咄嗟にそう言うと、微笑みかけた。
…上手く笑えただろうか。
宗三は溜息を吐くと呆れた様に口を開いた。

「…嘘を言いなさい。なら何で、泣いているんです?」
「……やだな、泣いてないよ」
「…そうですか」
「そうですよ?」
「顔色も、悪いですね」
「ただの貧血だって。皆気にし過ぎなんだ」
「なら、大人しく寝てたら良いのでは?」
「大人しく寝てるのは性に合わないんだ」
「…そうですか」
「そうなんです」

私は宗三と言い合ってるうちに笑みが零れていた。
宗三は呆れている。
私はよいしょ、と立ち上がって柱に手を付いた。
まだ、くらりとする。
柱に頭を付けて眩暈をやり過ごしていると、宗三は私の左手を掴み、自分の首に腕を回した。
…ああ、宗三は意外と背が高いんだ。
そう思っていると、ピンクの彼は審神者の部屋の方へ向いた。

「部屋で寝てなさい。仲間探しは僕達で人手は足りますから」
「……いや、でも、私大丈…」
「どこがです。自分の限界を知らないのは、ただの馬鹿ですよ」
「はいはい、私はどうせ馬鹿ですよ。……でも今は部屋に戻りたくないんだ」
「何があったか知りたくもありませんが、…なら、居間でジッとしてなさい」
「……悪いね」

私は宗三の肩を借りて縁側を歩き出した。
居間まで行くと、壁に頭を付けてズルズルと座った。
宗三は座布団を私に渡してきた。

「これでも枕にして、さっさと横になってなさい」
「…宗三は優しいね」
「……何がですか。そんなに色んな処でバタバタ倒れられたら、拾いきれないだけです」
「倒れたら、拾ってくれるんだ。…優しい」
「…口の減らない人ですね、貴方」
「それは初めて言われたよ」

私は居間の隅で宗三に背を向け、横になる。座布団は二つに折り畳んで頭の下に入れた。
しかし眠気は来ず、脳裏に浮かんで来るのは先程小夜に怒鳴ってしまった事。
居間を後にしようと立ち上がった宗三を私は引き止めた。

「…宗三」
「なんです」
「小夜に、謝っておいて欲しい」
「お小夜に何かしたんですか?場合によっては…」
「ああ……その……。何て言うか。私が悪いんだ…その…兎に角、ゴメンって」

「小夜に兎に角謝って欲しい」と頼むと、少し殺気立った宗三は持っていた刀に手を掛けたが、私が煮え切らない言い方をしてると、溜息をついて直ぐに刀から手を離す。

「…そんなの自分で謝りなさい。ですが、お小夜を傷付けるのは、誰であれ許さないですよ」
「傷付けるつもりは……無かったんだ…」

私はどんどん声が萎んで行く。
でも、結果として私は自分を守る為に小夜を傷付けた。
…顔を合わせ辛い。
でも、自分で謝らなければならない事くらい、分かってる。

「……私は、さ。私の霊力は、定期的に充電が必要なんだ。でも、その充電も一回でどれだけ溜るか自分でも分からない。私は審神者になる人間と霊力の種類が違うみたいで。だから、この力を刀を顕現させる以外“どうしたらいいか”私自身分かってない」
「…」
「私は、まだ…私の扱い方を知らない」

私は膝を曲げて丸まった。
とん、と何かに寄り掛かかる音がした。宗三が壁か柱に寄りかかった音だろう。

「自分の扱い方を知ってる者は少ないでしょう」
「でも、此処の人達は知ってるじゃない」
「僕達はモノです」
「……私も、モノと変わらないよ」
「何処がです」
「まあ、色々。……私には、宗三を、小夜を、皆を傷付ける様な言えない事を持ってる。最悪、皆に斬り殺されると思ってる」
「斬り殺されたいのですか?」
「殺されたくない。死にたくない。皆を傷付けたくない」
「なら、無理に言わなくていいと思いますが。違いますか?」
「でも、いつか皆気付く。私がおかしいって」
「僕から見たら、貴方は充分おかしな人ですけどね」
「そうじゃなくて」
「…今のは冗談です。気付かれるのが怖いなら、自分から言ってしまえばいい。簡単な事です」
「言ってしまえば、か。……ありがとう、話を聞いてくれて」

私はモヤモヤしていた胸の支えが少し取れた気がした。

「…貴方の独り言でしょう。僕は何も聞いてないですから。……少し寝なさい」

そう言って足音は離れていった。
私は溜息を吐いて、目を閉じた。

「……らい。話して、良かったの…?」
「…分からない。でも、宗三なら、話して良い気がした…」

私の言葉を、「独り言だ」と言ってくれた。聞いてない振りをしてくれた。宗三なりの優しさだろう。
私は後でちゃんと小夜に謝ろうと思った。そして、小夜には先に正直に話そうと思った。…まだ皆に言える勇気はないが、いつかは皆にも言わなくては。
分かってる。
剣勢は私の横に腰を下ろして、私の頭を撫でた。

「…らい、寝る?」
「少し、だけ」
「分かった」

私は目を閉じた。
直ぐに眠りに落ちた。



次に目が覚めたのは夕暮れだった。橙色と紺青の空に鴉が飛んでいる。一番星と月も姿を現していた。
部屋は明るい。誰かが電気を付けたらしい。
ゆっくり起き上がり、左手で髪を掻き上げた。
もう、貧血は大丈夫そうだった。
剣勢は三角座りで顔を伏せて寝ている。
私は音を立てない様に立ち上がって、縁側に出た。目指すのは審神者の部屋。
部屋は薄暗く、私が抜け出した布団が置いてあるだけで、そこには誰も居ない。

(……だよね)

審神者の部屋を出て、適当な部屋から廊下に出る。
廊下は明るく、いくつかの部屋を見て回っていると、何時の間にか帰り道が分からなくなっていた。
……昨日歌仙に言われた通り、私は方向音痴かもしれない。
とりあえず何処かの部屋から縁側に出れば居間に戻れると思い、部屋に入ろうとした時、声を掛けられた。

「…ねえ」
「…小夜。……その……」

私は言い淀んだ。結局本人を目の前にすると尻込みしてしまう。
私がなかなか口を開かないでいると、小夜は私を見上げて口を開いた。

「…僕は、昨日の夜、何も見てなかった。夜中だったから、寝惚けて見間違えたんだよ。変な事言ってごめんなさい」

はっきりとそう言った小夜に私はハッとした。
…違う、そうじゃない。

「小夜、何処か人の来ない処あるかな。…話そう」
「……いいよ。無理に話して欲しいって思ってない」
「良くない。…良くないんだ」

小夜は逡巡すると、私の着物を引っ張った。

「…じゃあ、こっちに来て」

小夜は玄関で履物を履くと振り返った。
私も草履を履いて先を行く小夜の後をついて行く。二人で手を繋いで庭を抜けて行く。
連れて来られたのは、畑の奥の江雪と宗三を見つけた藪の中だった。
辺りはもうすっかり暗くなっていて、手を引かれないと小夜を見失ってしまいそうだった。

「此処なら、誰も来ない」
「ありがとう、小夜」

私は小夜の手を離すと、ゆっくり息を吸い込んで、軽く月を仰いだ。
月の光が粒となって私に取り込まれて行く。
小夜は突然の事に目を見開いて、その姿を見ていた。
一通り月の光を吸収すると、私は小夜に向き直り、口を開いた。

「……小夜が見たのは、コレだよね?」
「………うん…。でも、これ…貴方が隠したかった事…だよね」
「うん。本当は隠したかった。出来ればバレたくなかった。…小夜の言う通り、私はこれで霊力を回復してる。蓄えてる。これがあれば、食事は要らないなんて……気持ち悪いでしょ?」
「そんな事ない、気持ち悪くなんてないよ…」

小夜は首を振って否定した。

「貴方は、約束を破らないで、ちゃんと兄様達とまた会わせてくれた。そんな人を、気持ち悪がるわけ無い…。皆もきっと受け入れてくれるよ」
「……それなんだけど……まだ皆には言わないで欲しい。私と小夜だけの秘密じゃ駄目かな。……まだね、心の準備が出来てないんだ。心の準備が出来たら、ちゃんと言うから。今居る仲間にも、これから増える仲間にも」

私は左手で着物を握り締めてそう言った。

「……あの時、大声出してごめん。びっくりさせたよね」
「…びっくりしたけど、隠したい事は誰にだってあるから。…気にしてない」
「小夜は優しいね」
「そんな事……無い」

小夜は着物を握っていた私の手を握って見上げてきた。

「……話してくれて、ありがとう」
「小夜も、聞いてくれて…受け入れてくれて、ありがとう」

私は安心して涙を零した。
小夜は少し笑うと、私の左腕をさすった。

「…皆、受け入れてくれるよ。優しいから」
「そうだね。…そうだと、いいな」

私は左手の包帯で涙を拭うと、上を向いて鼻を啜った。
涙声になっていたのを発散する様に「あー」と言うと少し楽になった気がした。
小夜の前で泣いてしまった。
泣いてる姿なんて、剣勢しか知らない筈なのに。
此処に来てから、なんだか調子が狂ってる気がする。何でだか、無防備な姿を随分見せてる気がする。

「…戻ろうか」
「そうだね」

私達は手を繋いで藪から抜け出した。
家中で仲間探しから私達を探す事にシフトしてるなんて、後で歌仙に怒られて、宗三に凄まれるまで気が付かなかった。



…………………………
(20190711)
…一振りも刀剣男子出て来ませんでした。すみません。
次は出ます。彼らが。
会話が多いですね、今回。