「…連隊戦?」

私は首を傾げた。

「ええ。今回は海で、水砲兵を使っての戦いです」
「すいほーへー…。…ああ、水鉄砲?」
「まあ、簡単に言ってしまえば、そうです」

長谷部は私が書簡に目を通している隣で、正座で答えた。

「暑いしねぇ。水鉄砲涼しそう…海かー」

私は書簡で扇ぎながら喉を反らせた。
冷房はこの本丸には無い。涼しくしようと『強』で回した扇風機は容赦なく熱風を送ってくる。風通しを良くさせようと開けたままの障子の外からは、ジリジリとした太陽の日差しと蝉達が命を燃やして大絶唱している。
私は、暑くて暑くて着物から袖を抜き、上半身は黒いハイネックのインナー姿。髪は「暑い!」と騒ぎ立てて、衝動で髪を切ろうとした私を見かねて、乱が後頭部で団子を作ってくれたもので、シンプルな漆の簪を二本挿していた。
座布団を取り払い、畳に直に座り、胡座すら暑くて崩し、片膝を立て、何とも柄の悪い姿で机を背に寄りかかっていた。
そんなだらしない主の姿を、長谷部はきっちり装束を着込んで背筋を正して見ている。
……刀剣男子に暑さは関係ないのだろうか。

「長谷部、暑くないの?私は駄目だ、溶けそう…」
「主の前ですから」
「そんなの我慢しなくていいんだってば……」
「いえ、そう言う訳にはいきません」

そんな真面目な顔をしてる長谷部も額に薄っすら汗を浮かべていた。

「あ、はせべ!はせべがいるということは、そこにあるじさまもいるのですね!」

バタバタと縁側を走ってきたのは今剣だった。

「あるじさま!かくまってください!いわとおしとじゅうげきせんをしているさいちゅうなのです!」

私の部屋に入り込み、私がだらし無く寄りかかっていた机の下にスルリと潜り込んでいった。

「銃撃戦?……ああ、なんともタイムリーな」

私は今剣の手に抱えられた大きなポンプ付きの蛍光水色の水鉄砲に笑みが溢れた。
それは何とも涼しそうだ。

「今剣よ!居るのだろう!」

内番姿の巨体が水鉄砲片手に入ってきた。
蛍光ピンクのタンク付き水鉄砲を持った岩融だった。
今剣は机から少し顔を出すと、部屋の中だと言うのに水鉄砲を岩融に向けて発射した。

「すきありです!」
「何のこれしき!」

岩融も反撃するが、今剣は華麗に避け、岩融の撃った水で私と書簡と長谷部がびっしょりと濡れた。
ついでに畳もびっしょりだ。
私は書簡を畳に落として、左手で濡れた前髪を掻き上げた。
その口元はニヤリと三日月型になっているだろう。
長谷部も眉根に皺を寄せ、今にも刀を抜かんとする勢いで今剣から水鉄砲を奪い取ると、岩融に向けて思いっきり水を噴射した。

「岩融、貴様ァ!!」

その隙に、私は岩融を通り過ぎて裸足で庭に出ると、池の水を近くに置いてあったバケツで汲み、それを岩融目掛けてぶち撒けた。

「喰らえ!岩融!」

その巨体で池の水と長谷部の水鉄砲を受け止めた岩融は、がっはっは、と笑って、私目掛けて水鉄砲を発射した。
それを楽しそうに見ていた今剣も「かせいしますよ!いわとおし!」と言って、懐に入れていた小さな小銃型の水鉄砲で長谷部に向けて撃ってくる。
私達は庭を駆け回り、お互い水を掛け合う。
気が付いたら私達はしっかり濡れ鼠だった。
長谷部は持ち前の機動速度で、庭の遥か向こうへ岩融と今剣を追って行ってしまった。
私は追いつけず、池の前の庭に置いてけぼりを食らってしまっていた。
私は、息つく間もなく笑いながら水を掛け合っていたので、息がすっかり上がってしまっていた。
はーあ、とひとつ声を出して、笑顔のまま息を吐いた。

「主、お八つを作ったよ!そろそろ仕事の手を止めて水饅頭でも……って何してるんだい」
「お、光忠。ちょっと本気の水遊び。…やる?涼しいよ?」

縁側のある一定のところから先に進まない燭台切は、私に声を掛けた。
私は誘いながら池の水が入ったバケツを持ち上げる。

「いや、遠慮しておくよ。…それより、部屋も主もびしょ濡れじゃない。歌仙くんに怒られても知らないよ」
「大丈夫!こんだけ暑けりゃ、バレる前に乾くって」

あはは、と私は心配無いと手を左右に振った。
そして、燭台切と話をしていたら、今声を掛けて欲しくないナンバーワンの男が声を掛けてきた。

「おや、燭台切に主。仕事は終わったのかい?そんなところでバケツなんて持って、…なに…して…るん…」

歌仙は縁側の曲がり角で私と燭台切が喋っているのを見つけて声を掛けたが、それも途中で瞠目すると共に声は消え去って、歩いていた足も止まった。
それもそうだろう。主の部屋、縁側、庭がびっしょりと水溜りを作るほどに濡れており、主は裸足で、衣服や髪がびしょ濡れ、その主の手にはバケツがあるのだから。
まさに、絶句。

「……これは、何事だい?」

歌仙はややあって声を絞り出すと、縁側の水溜りを指差して笑顔を作った。
周りにはドス黒い気配を添えて。



「帰ったぜよー。…っておんし、何しちゅうが」

玄関の三和土で正座をさせられ、その膝に漬物石を乗せられて震えてる私を見て、陸奥守を筆頭とする第一部隊は帰って早々吃驚していた。
陸奥守、加州、安定、次郎太刀、愛染、鶴丸の6人がぞろぞろと私を囲む。

「見て、分かんない…?……反省中……」
「…なになに。“私は、仕事を放り投げて水遊びをし、部屋と縁側を水浸しにしました。”……は?」

加州は私の首に掛けられた木札を読み上げて、訳がわからない、と言う顔をした。横から安定と鶴丸も覗き込んでいる。

「やるなあ、きみ」
「仕事放ったらかしにするのは主の得意技だけど、長谷部は?その為のお目付役じゃないの?」

鶴丸は感心し、安定はそう言って首を傾げた。

「長谷部は、なぜか無罪放免…」
「なんだそれ。つうかそれ、いつまで続くんだ?」

愛染は私の前でしゃがみ込むと、首を傾げた。

「歌仙が来るまで……」
「そりゃアンタ、歌仙の怒りは長いよ〜。いつ来るか、なんて分からないじゃないか」

次郎太刀はそう言って腰に手を当てる。

「知ってるよ……。反省したから早く来ないかな……もう足の感覚がないよ…」
「どれ、一丁俺が呼びに言ってくるか」
「頼んだー……鶴丸……」

履物を脱いで目の前を通っていく鶴丸を目で追って、私は力無い声を上げた。

「んで。おんし、いつからその格好しちゅうがか?」

陸奥守は腰に手を当てて私に問うてきた。

「八つ時から遊んで、見つかって、まず着替えて来いって言われて、それから歌仙にしっかり怒られて……多分、3時間くらいこの格好」
「げえ……。流石にそれはやり過ぎじゃないの、歌仙」

加州は顔をしかめた。
私は前回怒られた時に、今回の様に正座をさせられたが、隙を見て逃げ出した前科がある。それを防止するために、今回は漬物石を膝に乗せられたのだ。左腕一本では退かせないような一等大きな石だ。
そこに安定は指摘を入れる。

「でも、主だよ?またなんか常識外れなことしたんでしょ。部屋濡らすって尋常じゃないよね。だから今コレなんでしょ」
「うーん、否定材料がねぇんだよなー」

愛染も難しい顔をする。
次郎太刀も「うーん」と唸る。

「まあ、鶴丸が呼びに行ったし。そろそろ歌仙も『やり過ぎたかな』って来るんじゃないのかい?」
「そうだといいんだけどなあ…」

次郎太刀のその言葉に私は溜息一つ吐いた。

「あーもー、ごめんなさーいー…」

私は顔を上に向けて声を上げた。そろそろ足が限界だった。
そこに、足音がいくつか聞こえてきた。
私は、音のした方へ顔を向けると、歌仙と長谷部、鶴丸がやってきた。

「連れてきてやったぞー」
「主、やはり俺も主と一緒に反省を…」
「大きな声の『ごめんなさい』が聞こえたが、本当に反省したのかい、主」

腰に手を当てた歌仙は三和土まで来ると、加州や陸奥守達を掻き分け、眉根に皺を寄せ、覗き込んできた。

「反省しました……!もうしません……!」

私は顔面の筋肉を使えるだけ使って一生懸命反省を見せると、歌仙は溜息一つ吐き、漬物石を持ち上げた。

「…今後、部屋や縁側を水浸しにする事のないように。分かったね、主」
「はい、勿論です…!」
「調子にも乗らない事。いいね?」
「勿論です…!」

ブンブンと音が鳴りそうな程首を縦に振る。

「じゃあ、夕餉にしよう。第一部隊も帰ってきた事だしね」

そう言って歌仙は漬物石を両手で持って、行ってしまった。
私は、立ち上がろうとしたが、脚に力が入らずにそのまま横に倒れた。

「無理…足が言うこと聞かない…」

私は力無くそう言うと、長谷部が近寄って膝を着いた。

「俺が居間まで運びましょう」

そう言って背中と膝裏に手を入れたところで、私は「ちょっと!?」と声を上げた。
…いやいや、これではお姫様抱っこではないか。これだけ人目があるのに、それだけは避けたい。肩を貸してくれるだけで良いのだが。

「いいじゃないか、運んでもらいな。流石に3時間の正座じゃ、歩くどころか、立てないだろ?」

次郎太刀はニシシと笑いながらそう言うと、自分の刀で私の足の裏を突いてきた。
ジンジンビリビリと足が悲鳴をあげる。

「いやああ!今触らないで…!」

私は左手で次郎太刀の刀を掴もうとするが、その手は空を切り、私は悶絶して藻掻くだけとなった。
鶴丸も「面白い」と突いてくる。
私は言葉にならない悲鳴をあげる。

「おい、主がやめろと言ってるだろうが。…主、少し休んでから行きますか?お伴します」

真面目な顔で長谷部にそう言われて、私は痛みによって涙を目に湛えたまま、顔だけを上げた。

「長谷部が仏に見える……」
「何言ってんだい。ほら、アタシが運んでやるから、メシにしようじゃないか。ホカホカのご飯と酒が待ってるんだ」

そう言って、次郎太刀は私のことを俵のように肩に担ぎ上げると、立ち上がって履物を脱ぎ、居間へ運んで行く。
あまりの高さに、私は次郎太刀の肩の上で暴れる。
それを笑いながら後を追う、第一部隊面々と、むくれる長谷部。

「いやあああ!高い!むり!降ろして!肩貸してくれるだけでいいんだってば!」
「そんなの、アタシとあんたの身長じゃ、“囚われた宇宙人”になっちまうじゃないか。こっちの方が効率的だろ?第一、3時間も正座して漬物石乗せられて、いきなり立って歩けるわけないだろ?」
「いやまあ、そりゃそうなんだけど…!」
「主、今は次郎太刀に運んでもらってください。……本当は俺が運びたかったんだがな、次郎太刀」

長谷部はそう言うと次郎太刀を睨み上げる。
次郎太刀は片手を長谷部の肩に乗せ、口を開いた。

「主は、女扱いされたくないのさ。おおかた、お姫様抱っこが嫌だったんだろうさ。俵担ぎの方がいいんじゃないかと思ってね。だろ?主」
「いやまあ、そのうん……。お姫様抱っこは…死んでも無理…」
「そうでしたか、気が回らず、申し訳有りません」

長谷部はそう言ってすまなそうにした。
そこまでしなくても。と思ったが、長谷部らしいっちゃ長谷部らしい。
後ろをついてきていた陸奥守はハッハッハと笑いながら、「長谷部はまるで執事じゃの!」と言った。
全くその通りだと思う。私は全力で肯定したかった。
間も無くして居間に到着した私達は、全て開けられて、四角い卓袱台を幾つもくっ付けて並べた続間の居間に入った。
もう料理がずらりと並べられている。
次郎太刀は私を一番奥の上座に下ろすと、「よし!」と言って、いつもの太郎太刀の隣の席に笑顔で腰を下ろした。
他の第一部隊の面々も各々席へ着く。
何十人と集まった刀達が、それぞれ箸を持ち、「いただきます」と言ってから、料理を突き始めた。
今日の夕食は、ご飯、長ネギとなめこの味噌汁、冷しゃぶサラダ、切り干し大根のカレー炒め、サバのみりん干し、おろし大根と分葱と崩した梅干しの乗った冷奴だった。


この日ほど、ご飯が五臓六腑に染み渡る気がした日は無い。
もう多分調子に乗ることはしないと、左手で匙を握りしめ、大好きな冷しゃぶサラダに誓った日だった。

……ああ、燭台切の作った水饅頭も、食べたかったな…。


そんな、とある夏の日。


…………………………
(20190906)
連隊戦ネタでした!大遅刻!連隊戦終わりましたけど!?
ちなみに千代金丸チャレンジは来ませんでしたが、その代わり、なぜか亀甲と数珠丸が来ました!
連隊戦楽しかったです。でも北谷菜切来ませんでした!
次回に期待!
ちなみに献立は、料理好きの叔母に考えてもらいました。