2022.06.05 Sun
▽log
更新が滞りそうなので、書き溜めていた鬼滅を載せときます。設定としては、炭治郎を守りたい異世界トリップ主が累の家族になるはなしなんですが続くかは未定。
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ぱちぱち、瞬きをふたつ。ふわふわと揺蕩う意識の中、目前で游ぐ、癖のある艶やかな髪の先をぼんやりと眺める。尖った長い爪先がそっと頬を滑り、顎の先を撫でた。その優しい手付きとは裏腹、有無を言わさぬような強さで顎を持ち上げられ、ゆるりと視線をあげる。重力により髪の先が垂れ、顔に影が落ちた。視界いっぱいに拡がる紅色に思考も感覚も、一瞬にして絡め取られてしまったようで身じろぐことすら赦されない。
「これからは此処がお前の世界だ、#なまえ#」
そう言って、目の前のモノが笑った。細まった目尻に、瞬きひとつ。#なまえ#。靄かかった思考の中で、唯一理解できた単語だった。
「累はいるか」
「はい、此処に」
音も無く現れた気配に、身体がちいさく跳ねた。同時に冷たい指先が離れ、紅梅色の瞳が逸れたことで固まっていた神経がゆるゆると弛緩する。頭上で交わされる内容は、少しも理解できなかった。ふわふわと微睡みのような感覚が邪魔をして、思考が覚束ない。けれど、桜の花のような薄い紅色が見えなくなったことは少しだけ残念に思った。
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月明かりが照らす夜半、深々と生い茂る木々の間を颯爽と駆け抜ける。ピンと張った糸の上に器用に降り立ち、累は次の足場を捉えながら軽快に飛躍した。生き物の息遣いすら聴こえないほど静まり返った森の中で、木の葉の揺れる音が厭に耳につく。
本来ならば今頃、根城である那田蜘蛛山に着いているはずだった。それなのに未だ着いていないのは背負った少女ーーー#なまえ#が原因である。始めは並んで走っていたのだがよたよたと頼りない足付きと、目に入るもの全てが気になるのか度々足を止めてしまうので、これでは日が明けてしまうと煮えを切らした累がおぶさったのだ。
ちらり、後ろにある存在を横目にみる。#なまえ#の顔までは見えないが、飽きもせず静かに月を見上げているのだろう。自分の置かれている状況にすら気づかず、呑気なものだと飽きれてしまう。風に煽られた#なまえ#の上半身がぐらぐらと不安定に揺れて支え難いし、小ぶりな手の平が累の肩から離れそうになるので冷や冷やさせられるのだが、鬼主直々の命令とあれば捨ておくこともできず、累は抱える腕に力を入れ、無意識に速度を緩めて走る。那田蜘蛛山に着いたのはそれから数刻後のことだった。
小さな村や山を抜け、漸く辿り着いた馴染みのある風景に累は術を解き、ふわりと地に降り立った。背負っていた#なまえ#を下ろし、彼女と向き合えば星を閉じ込めた様な、月明かりが反射して煌々と光る瞳がゆるりと向けられる。夜明けまでまだ少し時間はあった。
「#なまえ#、だったよね」
無惨が彼女のことをそう呼んでいた。確かめる意味で名を呼んだが、けれど彼女は無反応だった。ぼんやりとしたまま表情の変わらない彼女を気に止める事無く累は続ける。
「今日から君には、僕の家族になってもらう」
そう言えば、#なまえ#がひとつ瞬いた。漸くそれらしい反応を見せた#なまえ#を、白い虹彩に閉じ込めて、累はうっすらと唇をしならせる。
「家族はね、助け合うんだ。何があっても守り抜く。ーーたとえ、生命に変えてもね」
かぞく。そう、反復する様に唇で象った#なまえ#に累は満足げに微笑むとやんわりと手を差し伸べた。
「さぁ、帰ろう。僕らの家族が待ってる」
目前に掲げられたほっそりとした指先を、ぼんやりと#なまえ#は見下ろした。闇に映える、真っ白な美しい指先だった。