memo

2022.08.05 Fri


▽sss
モブ転校生のおはなし。

出張でしばらく更新滞りそうです、、!

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4月11日

あれからしばらく経ったけど、平和な日常が続いている。友達は増えたし、授業もなんとかついていけるし驚く程に順風満帆で、最近は学校に行くのが楽しみだった。あの日の出来事は、聞き間違いか、ちがう高梨さんのはなしだったのかもと、わたしの中ではもうとっくに消沈されていた。午後の最初の授業は体育だった。お昼を食べてから動くの嫌だねなんて友達とはなしながら着替えて体育館へ移動する。男子はサッカー、女子はバスケだ。体育館へ移動している途中で、タオルを持ってくるのを忘れたことに気づいた。ごめん、先言ってて。チャイム鳴るからはやくおいでよ!そういうやり取りすら嬉しく感じる。タオルは机の上に置いてあった。引っ掴んでくるりと踵を返した時、ガツンと灰原さんの机に足が当たってしまった。バサバサと引き出しの中身が滑り落ちる。あぁーっ、ごめんね灰原さん!心の中で謝って、教科書とか難しそうな小説とか筆記用具を急いで掻き集める。できるだけ丁寧に積み重ね、引き出しの中に戻そうとしたとき、ひらりとなにかが落ちていくのが視界にはいった。紙?もしかしたら栞代わりにしていたのかもしれない。それなら後で謝らなきゃ。そう思いながら、ポストカードサイズの白い紙に指を伸ばす。くるりとひっくり返して、思わず目を見開いた。綺麗な、男の子だ。机に突っ伏して眠る、綺麗な男の子の横顔の写真。夕陽を浴びて眠るその横顔は芸術品のようで、食い入るように見つめてしまう。芸能人?アイドル?それにしてもこんな綺麗な男の子みたことない。じっくりと眺めていたら、チャイムの音が遠くで聞こえた。ハッとして慌てて灰原さんの引き出しに戻す。もう少し見ていたかったな。そう後ろ髪を惹かれる思いで、ばたばたと体育館にむかう。体育館に着けば、もう準備運動をはじめていて先生に怒られてしまった。なにしてたの?ちょっとね。友達とちいさくやり取りしながら、思い出すのはあの写真。綺麗だったな。まさかCGとかじゃないよね?灰原さんも好きな芸能人とかいるんだ。名前、教えて貰えないかな。パスの練習をしながらもそんなことばかり考えていた。先生はグラウンドに行っていた。ここぞとばかりに、体育館の入口からグラウンドを見つめる女の子たちがきゃあきゃあと黄色い歓声をあげている。その対象は江戸川コナンくんだ。サッカー部のエースらしい彼はクラス以外の女の子たちにも人気がある。頭脳明晰、運動神経抜群、おまけに顔もかっこいい。噂ではファンクラブもあるようだ。たしかにかっこいい。話したことはなくても、遠目から見るだけでドキリとするくらいかっこいい。けど、あの写真を見たあとじゃどうしても霞んでしまう。ぼんやりとしていたからか、友達から投げられたボールが指を弾いた。いたっ。ビリビリと腫れる感覚がする。さいあくだ。ちょっと大丈夫?すぐに友達が駆け付けてくれた。「保健室いっておいでよ」「うん、そうしようかな」「女子の保健委員だれだっけ?あー⋯今日、休みだわ」「ひとりで行けるから大丈夫だよ」「じゃあ、とりあえず先生に──」「ダメよ」突然、凛とした声が遮った。振り返れば真後ろに灰原さんがいてふたりして驚いた。「私が一緒に行くわ」そう言うと灰原さんは歩美ちゃんを呼んだ。有無を言わさない感じに友達と顔を見かわせる。「吉田さん、先生に伝えてちょうだい」「任せて!」元気よく返事をすると、歩美ちゃんは走って行ってしまった。止める隙もなかった。行くわよ。颯爽と歩きだす灰原さんの後ろを恐る恐る着いていく。カモシカの親子というより、お母さんに怒られて着いていく子供の気分だ。保健室にはだれもいなかった。灰原さんに手当てをしてもらいながらも、ふたりっきりの空間にただただ緊張していた。話題、話題⋯。「あ、写真⋯」「写真?」「な、なんでもない⋯っ!」「そう⋯」ピクリと反応した灰原さんは、微笑んでいるのに目はすこしも笑っていなくてそれ以上なにも言うことができず、痛い沈黙にはやく終われと願うしかなかった。