どうせ叶わないのでしょう?


エレベーターを降りた途端、ナマエを迎えたのは四方からの値踏みするような鋭い視線だった。広く、薄暗い地下道の奥までずらりと人が集っているようで、重々しい空気感がナマエの肌に突き刺さる。ぐるりと辺りを見渡して見ようにも、その人の多さにキルアどころか先に行ったハンゾーの姿さえ分かりそうも無かった。

「どうぞ、番号札です」
「あ、ありがとうございます⋯」

圧倒されていたナマエに手渡されたのは295番と描かれた番号札だった。きっとこれが受験番号だろう。

「やあ、ハンター試験は初めてか?」

ふと、掛けられた声にナマエは手元に落としていた視線を持ち上げた。にこやかな表情を浮かべ、片手を上げて歩み寄るふくよかな男の姿にナマエはかくりと首を傾げる。

「えっと、僕ですか?」
「そうそう。いやあ、見ない顔だからさ」
「はい。初めてです」
「やっぱりな。俺、10歳の頃からテスト受けてるから新顔は分かるんだよ」

ちらりと視線を落とせば、男の胸元には16番の番号札が付いていた。「俺は、トンパだ」「あ、ギメイです」すっと伸ばされた丸い手の平を、遠慮がちに掴めば痛いくらいの強さで握り返される。「おっと、悪いな」「いえ、大丈夫です」あっさりと離された掌に、ナマエはふるりと首を振った。

「俺で良ければ、分からないことがあったら教えてやるよ」
「本当ですか!」

トンパの申し出にナマエは飛び上がって喜んだ。キルアの所在がわからない今、少しの情報でも欲しかった。前のめりに食い付いたナマエに、「も、もちろんだよ」少々面食らった様子でトンパが頷いた。

「あの、では、銀髪の男の子を見掛けませんでしたか?」
「ああ。ソイツならさっきあっちで見たぜ」

くいっと指された親指に釣られて、ナマエは群衆に瞳を向けた。ちいさく背伸びをしてみたが、屈強な体躯に阻まれ、キルアの姿は見当たらない。然し、この会場にもうキルアが到着しているというだけでも収穫だ。

「知り合いか?」
「いえ、知り合いという程では⋯」

トンパからの質問に、ナマエは視線を配ることを諦めて再度トンパに向き直った。「ただ、道中お世話になったので」困った様に笑うナマエに、「へぇ、そうか」トンパは大して興味も無いのかひとつ頭を揺らしただけだった。

「他にも聞きたいことがあったら遠慮なく聞いてくれよ」
「お気遣いありがとうございます。ですが、もう充分です」

友好的な笑みに、やんわりと首を振る。他にも聞きたいことはあったが、今はそれ以上にキルアのことでいっぱいだった。段々と増える人数に、徐々に気が急いていく。「それでは、失礼しますね」これ以上人が増える前にキルアを捜さなければ、と断りを入れて背を向けたナマエを、しかしトンパが引き止めた。

「おっと、忘れるとこだった」

強引に引かれた手首に、足元がぐらついた。驚愕に目を丸めて振り向けば、視界いっぱいに広がったのは赤い缶ジュースだった。

「良かったら飲んでくれ。お近付きの印だ」

ぐいっと押し付けるように差し出され、つい反射的に受け取ってしまう。長時間ポーチに仕舞っていたのか、すこし生ぬるいソレを数秒ぽかんと見下ろして、それから弾けたように顔を上げた。

「い、いえ。これは頂けません⋯!」
「まあ、そう言わずにさ。受け取ってくれた方が俺としても助かるんだよ。試験中は身軽にしときたいからな」

ポンっと軽く鞄を叩いたトンパに、ナマエは突き返すように伸ばした腕をすごすごと引っ込めた。そう言われてしまっては、折角の厚意を無下にするほうが失礼だろう。

「──あ、りがとうございます」

胸を摘まれたような感覚に、ナマエはぎゅっと缶ジュースを握り込んだ。きっとこの日の為に鍛錬を積んできたはずなのに、なぜこうも敵に塩を送るのか分からなかったし、貰った厚意をどう受け止めたらいいのかもわからず申し訳なさと、そして緊張が解けていくような暖かい感覚にナマエはそっと眉を垂らす。

「⋯その、僕では頼りないですが、トンパさんもなにか困った時は言ってくださいね」

ちいさくはにかんだナマエに、トンパは僅かに目を見張ったようだった。するりと離れていった掌に、「では、また。」そう、ぺこりと会釈をして、今度こそ踵を返す。

目立つ銀糸の髪を捜しながら、ナマエは缶ジュースをしっかりと鞄の奥に仕舞い込んだ。重くなった荷物に反して、ナマエの足取りは滑るように軽い。ハンゾーと別れ、殺伐とした雰囲気にすっかり萎縮していたがトンパの親切に触れたことでナマエはほんのりと気持ちが軽くなったような感覚がしていた。

「⋯どうか、無事でありますように」

ハンゾーもトンパも、そしてキルアも。何処を見渡しても屈強な男たちが集う中、死者すら続出するとされるハンター試験でナマエはただそれだけを願いながら雑踏に脚を踏み入れた。