拍手ログ1

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※夏目漱石「夢十夜」パロ。わりとそのままなので、それでも良いという方はどうぞ。3つ入り。

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家三 / 就+吉 / 三吉 / ほの暗い / 文学パロ

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第一夜

 こんな夢を見た。

 腕組みをして枕元に座っていると、仰向きに寝ていた三成が、あの狂気が嘘のような静かな声をして、私はもうすぐ死ぬぞ、と云う。
 三成は天下分け目の大戦以来、少し長くなった白い髪を枕に敷いて、細い面をその中に横たえている。真っ白な頬は相変わらずで、生きているか死んでいるかわからないような肌をしていたが、唇の色は仄かに赤い。到底死にそうには見えない。
 しかし三成は静かな声で、もう死ぬぞ、とはっきり言った。家康もそれを聞いて、確かにこれは死ぬな、と思った。
 そこで、そうか、もう死ぬのか、と上から覗き込むようにして聞いてみた。ああ、死ぬな、と言いながら、三成は閉じていた目をぱちりと開けた。切れ長の眼孔にはまった鶯色の目玉に、家康の姿が浮かんでいる。
 家康はこのくもりのない美しい眼を見返して、まるで奥まで透けて見えそうだと思いながら、これでも死ぬのか、と思った。それで、腰を折って枕の傍に口をつけて、まさか、本当に死んでしまう気なのか、と聞き返した。すると三成は眠そうに目を開いたまま、やっぱり静かな声で、死ぬものは死ぬのだ、仕方あるまいと言った。
 じゃあ、ワシの顔が見えるか、とあわてて聞くと、ああ、相変わらずのタヌキ面だと、フンと鼻を鳴らして見せた。家康はゆっくりと顔を枕から離した。腕組みをしながら、どうしても死ぬのかな、と思った。
 しばらくそうして二人して黙っていたが、三成が不意にぽつりとこう言った。
「貴様の首を冥土の土産に、秀吉様にお許しを乞うつもりだったが、こうなっては仕方ない。貴様がどうしても私の許しを得たいというのなら、私が死んだら、土に埋めろ。秀吉様からいただいた、あの刀で穴を掘って。そうして天から落ちてくる月のかけらを、墓石代わりに置いてくれ。そうして墓の傍で待っていたならば、いつか貴様を許せる日も来るだろう」
 家康は、それはいつになりそうだ、と聞いた。
「日が出るだろう。それから日が沈むだろう。それからまた出るだろう、そうしてまた沈むだろう。――赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに、――家康、貴様は待っていられるか」
 家康は黙ってうなずいた。三成は、迷うようにわずかに視線をさまよわせていたが、
「百年待っていろ」と思い切った声で言った。
「百年、私の墓の傍に座って待っていろ。きっと貴様を許してやる」
 家康はただ、ああ、待っている、と答えた。すると、鶯色の眼のなかに見えていた自分の姿が、ぼうっと崩れてきた。静かな水が急に動き出して写した影を乱す様に、流れ出したと思ったら、三成の目がぱちり、と閉じた。長いまつげの間から涙が頬へ伝って落ちた。――もう死んでいた。
 家康はそれから庭に下りて、言われた通りに刀で穴を掘った。刀は昔に、家康がまだ豊臣にいた頃に、三成が秀吉から下賜されたものだった。通常のものより、細く、長く、今にも折れそうな風情のくせに、少しも歯こぼれしないところが、持ち主によく似ていた。湿った土の臭いをさせながら、ざく、ざくと刀を地面に突き立てる。穴はしばらくして掘れた。
 三成をその中にいれた。そうして柔らかい土を、上からそっとかけた。かける度に、刀は月の光を反射して、持ち主の髪色に輝いていた。
 それから月のかけらの落ちたのを拾ってきて、土の上にぽん、と乗せた。月のかけらは丸かった。長い間大空を落ちてくるうちに、角が取れてなめらかになったんだろうな、と思った。抱き上げて土の上に置くうちに、家康の胸と手は少し暖かくなった。
 家康は苔の上に座った。これから百年の間こうして待っているんだな、と考えながら、腕組みをして、丸い墓石をながめていた。そのうちに、三成の言ったとおり日が東から出た。大きな赤い日であった。それがまた三成の言ったとおり、やがて西へ落ちた。赤いまま、のっそりと落ちて行った。一つ、と家康は数えた。
 しばらくするとまた、真っ赤な太陽がのっそりと昇ってきた。そうして黙って沈んでしまった。二つ、とまた数えた。
 こういう風に一つ二つと数えていくうちに、赤い日をいくつ見たのかわからない。数えても、数えても、数えきれない程、太陽は家康の頭の上を通りこして行った。それでも百年はまだ来ない。しまいには、苔の生えた丸い石を眺めて、ワシは三成にだまされたんじゃないか、と思い始めた。
 三成は嘘のつけない男だったが、最後の最後に意趣返しとして、自分をだましていったのではないだろうか。
 すると石の下からななめに家康の方へ向かって、青い草が伸びて来た。見る間に長くなって、丁度家康の胸のあたりまで来てとまった。と思うと、すらりとゆれる茎の先で、少し、首をかしげたような様子の薄紫のつぼみが、ふっくらと花びらを開いた。優しい色合いの桔梗が鼻の先で爽やかに香った。
 そこへはるか上から、ぽたり、と露が落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。それを見た家康は思わず首を前に出すと、冷たい露のしたたる紫の花びらに口づけていた。そうして桔梗から顔を離す拍子にふっと、遠い空を見たら、明けていく空に白い月がたった一つで輝いていた。
「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。

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第三夜

 こんな夢を見た。

 元就は六つになる子供を背負っている。たしかに自分の子である。ただ不思議な事にはいつの間にか目が白く濁り、目元をのぞいた全身に、包帯がぐるり、と巻きつけてある。元就がそなたの眼はいつそのように濁ったのだと聞くと、なに昔からよと答えた。声は子供の声にちがいないが、言葉遣いはまるで大人である。しかも対等だ。
 左右は青田である。道は細い。鷺の影が時々闇に差す。
「ヤレ、田んぼへかかった」と背中で言った。
「どうして解る」と顔を後ろへ振り向ける様にして聞いたら、
「鷺が鳴いておろう」と答えた。
 すると鷺がはたして二声ほど鳴いた。
 元就は我が子ながら少し気味が悪くなった。こんなものをしょっていては、この先どうなるかわからない。どこかに捨ててしまえる所はないだろうかと向こうを見ると、闇の中に大きな森が見えた。あそこならばと考え出したとたんに、背中で、
「ヒヒヒ」と不気味に笑う声がした。
「なにを笑うておる」
 子供は返事をしなかった。ただ
「父上様よ、重かろうなァ」と聞いた。
「重くはない」と答えると
「今に重くなろ」と言った。
 元就は黙って森を目印にあるいて行った。田の中の道は不規則にうねって、なかなか思うように出られない。しばらくすると分かれ道に出た。元就はその手前に立って、ちょっと休んだ。
「石が立っておる筈だがな」と子供が言った。
 なるほど、縦横八寸、高さは腰丈ほどの石が立っている。面には、左 日ヶ窪、右 堀田原、とある。辺りは暗いというのに赤い字がはっきり見えた。赤い字はイモリの腹のような色だった。
「左がよかろ」と子供が命令した。左を見ると、さっきの森が闇の影を、高い空から自分たちの頭の上に投げかけていた。元就はちょっと躊躇した。
「遠慮せずともよいわ」と子供がまた言った。元就は仕方なしに森の方へ歩き出した。腹の中では、よく目が見えぬ癖になんでも知っているなと考えながら、一本道を森へ近づいていくと、背中で、「どうも目が見えぬは不自由でならぬ」と言った。
「背負われておいて、そなた、不満か」
「ヒヒッ、すまぬな、スマヌ。だがの、どうにも人に馬鹿にされてならぬのよ。親にまで馬鹿にされるゆえ、なおマズイ」
 何だかいやになった。早く森へ行って捨ててしまおうと思って急いだ。
「もう少し行くとぬしにもわかる。――ちょうど、こんな夜であったな」と背中でひとりごとのように言っている。
「何がだ」と出た声が、不機嫌にまみれていた。
「何がとは、オカシなことを。ぬしもとうに知っておろうに」と子供は嘲るように答えた。すると何だか知っているような気がしだした。
 けれどもはっきりとはわからない。ただこんな夜であったように思える。そうしてもう少し行けば、わかるように思える。わかっては大変だから、わからないうちに早く捨ててしまって、安心しなくてはならないように思える。
 元就はますます足を早めた。
 雨はさっきから降っている。道はだんだん暗くなる。ほとんど夢中である。ただ背中に小さい子供がくっついていて、その子供が自分の過去、現在、未来を日輪のごとくあまねく照らして、ほんの少しの事実ももらさない、鏡の様に光っている。しかもそれが自分の子なのだ。そうしてこの子は目が見えない。元就はたまらなくなった。
「此処よ、ココ。ちょうど、その銀杏の根の辺りよ」
 雨の中でも子供の声ははっきり聞こえた。元就は知らぬ間に立ち止まっていた。いつの間にか森の中に入っていた。あと数歩ばかり先にある黒いものは、確かに子供の言う通り銀杏の木に見えた。
「父上様よ、その銀杏の根の所であったな」
「ああ、そうだ」と思わず答えてしまった。
「慶長五年子年であろ」
 なるほど慶長五年子年らしく思われた。
「ぬしがわれを殺したのは、今からちょうど百年前よ」
 元就はこの言葉を聞くや否や、今から百年前慶長五年の子年のこんな闇の夜に、この銀杏の根の辺りで、一人の病身の男の首をはねたという自覚が、突然に頭の中に現れてきた。我は人殺しであったのかと始めて気がついたとたんに、背中の子供が急に石地蔵の様に重くなった。

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第五夜

 こんな夢を見た。

 なんでもよほど古い事で、信長、秀吉といった名だたる武士が生きていたような昔と思われるが、三成は戦をして運悪く負けた為に、生け捕りになって、敵の総大将の前に引きずり出された。
 その頃の人はみんな背が低かった。自分が膝をついていた為にそう感じたのかもしれないが、たとえ三成が立ち上がってもそこらの雑兵に背の高さで負ける気はしなかった。そうして、みんな笠を目深に被っていた。銅で出来た具足を身にまとい、槍や刀の切っ先を一瞬でも気は抜けまいというようにこちらに向けていた。奇妙なことにどの兵も、兜や甲冑の胴を黄色に塗っている。暗闇の中でもそれらは火の光を受けてちらちら光っていた。
 敵の大将は、なぜか武器の一つも手にしないまま、床几の上に腰をかけていた。この男だけは、立てば三成と同じくらいの背になるように思えた。その顔を見ると、左右の目が猫の様に金色に光っている。大将の具足も黄色に塗られており、どうやらこの軍の者たちは敵味方の区別を、武具の色でつけているようだった。
 三成は捕虜だから、腰をかける訳にはいかない。草の上にあぐらをかいていた。足には堅い鉄の脛当てを着けていた。この時代の具足は膝から足首までを防御するものだった。足には足袋をはき、わらじをはいた。膝から上は佩立てという覆いを下げて、守りとしていた。
 大将はかがり火で三成の顔を見て、死ぬか生きるかと聞いた。この男は元は三成と親しくしていた男で、それだから一応はこう聞いたのだろう。生きると答えれば降参した意味になり、死ぬと言えば屈服しないと言う事だ。三成は一言、死ぬと答えた。大将は黙って三成を見ていたが、やがて脇に立っていた武士の腰に手を伸ばし、つるしてあった棒の様な刀をするりと抜きかけた。それへ風になびいたかがり火が横から吹きつけた。
 三成は右の手を楓のように開いて、手のひらを大将の方に向けて、眼の上へ差し上げた。待てという合図である。大将は太い刀をかちゃりと鞘に収めた。
 その頃でも恋はあった。三成は自覚していなかったが、しかし自覚はせずとも、死ぬ前に一目刑部に会いたいと言った。大将は夜が明けて鶏が鳴くまでなら待つと言った。鶏が鳴くまでに刑部をここへ呼ばなければならない。鶏が鳴いても刑部が来なければ、三成は会わずに殺されてしまう。
 大将は腰をかけたまま、かがり火を眺めている。三成は堅い脛当てを組み合わせたまま、草の上で刑部を待っている。夜は段々ふける。
 時々かがり火が崩れる音がする。崩れる度にうろたえたように炎が大将になだれかかる。真っ黒に見える眉の下で、大将の眼がぴかぴかと光っている。すると誰やら来て、新しい枝をたくさん火の中へ投げこんでいく。しばらくすると、火がぱちぱちと鳴る。暗闇をはじき返すような勇ましい音であった。
 この時大谷は、持てるすべての力を振り絞って、己の乗った輿を駆っていた。手すりも支えもない一人分の輿であった。病の為に肉が落ちた腕で、数珠を操ると、輿は一目散に駆け出した。誰かがまた枝を継ぎ足したので、遠くの空が薄明るく見える。輿はこの明るいものを目掛けて闇の中を飛んで来る。輿の左右で車輪の役目をはたす数珠は火花を散らす様にして目まぐるしく回っている。それでも刑部は細い腕でしきりに数珠を操っている。輿は下げてあるたれが千切れそうな程早く飛んで来る。刑部の包帯が吹き流しの様に闇の中に尾をひいた。それでもまだかがり火のある所まで来られない。
 すると真っ暗な道のはたで、たちまちこけこっこうという鶏の声がした。刑部は体を反らしざまに、両手で操っていた数珠をうんと引いた。輿は勢いのまま、がつりと堅い岩の上にぶつかった。
 こけこっこうと鶏がまた一言鳴いた。
 刑部はあっと言って、引いていた数珠を一度に離した。ばらばらと数珠が散らばり落ちる。輿はとたんに浮力を失い、乗った人と共にまともに前へ倒れこんだ。岩の下は深い淵であった。
 輿の削った跡はいまだに岩の上に残っている。鶏の鳴く真似をしたものはあまのじゃくである。この跡の岩に刻みつけられている間、あまのじゃくは三成の仇である。

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2011/02/16

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