狐憑きの家

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三吉三 / 人外パロ / 現代

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 ――きさまはぎょうぶか、と狐が言った。
 きれいな金色の目をした狐だった。

 祖父が死んだ。厄介事を残して。
 穏やかでつかみどころのない、それでいてこの世に知らぬもののないような、世の中の裏の裏まで読むような人だった。あまり他人のことに口を出すような人ではなかったが、大抵の物事は祖父の言う通りに進んだ。であるから、吉継の周りの大人たちは皆、この祖父をまるで神か巫のように崇めていて、祖父の言うことならば何でも聞いたし、またそうでないものも、結局は祖父の思い通りになった。
「いいかい、吉継くん」
 祖父は身内だというのに、まるで他人のように、吉継をくん付けで呼んだものだった。
「君は僕に似て賢い子だから、特別に教えてあげよう」
 あの時、あい、と答えなければ、今頃どうなっていたのか。もしもの考えは愚考であると、祖父にも教えられたというのに、やはり吉継はもしもの可能性を考えてしまう。
 あの時、何も聞かぬうちに、逃げさる賢さが己にあったなら。
 けれどもやはり、結局は今のようになっていたのだろうと思う。遅かれ早かれ、あの“狐”は、吉継のところに来ていたのだ。

「葬式は終わったのか、刑部」
 畳に寝転がったまま声をかけてきた狐に、吉継はあからさまにため息をついてやった。手にしていたものを脇に置いて、狐の正面に腰を下ろす。
「ようもまァ、顔も見ずに声をかけられたな。われでなくば、いかがする」
「貴様だったろう」
「もしもよ、モシモ」
「見ずとも、私が貴様と他の人間とを間違える訳がない」
 えらく自信たっぷりに言う、この狐こそが、祖父が吉継に残した“厄介事”だった。
 狐、狐というが、見た目は普通の大人の男である。白銀の髪にやけに見目のよい顔立ちに金色の瞳にと、奇異を上げればキリがないが、それでも一応、狐には見えない。触ると痛そうな黒の甲冑に身を包み、ひらひらとした白い陣羽織をはおってはいても……コスプレ好きと、言えばなんとか通る、か?
 とはいえ、その姿さえも、吉継以外には見えないのである。正確には、“その手のモノが見える者”以外には。
 人間の姿をとる狐といえば、それはもう化け狐である。妖怪である。妖魔である。
 そんな妖魔に、吉継の家は代々呪われているのであった。
「なァ、三成、ほんにお祖父さまの葬式に出なんでよかったのか」
「出てもよかったが、空の棺桶を焼くはめになっただろうな。人間は死んで幾日か経った後が一等旨い」
「ヤレ、それは困った」
 ヒヒヒ、と笑うと、ようやく狐がこちらを向いた。人にはあらざる金色の目が、吉継の珍しい白黒の反転した目をじっと見つめる。
「貴様の笑い方は刑部に似ているな」
「ハテ、そうであったか?」
 記憶の中の祖父はこんな品のない笑い方はしなかったように思うが。そう口を開きかけたところで、吉継は“刑部”とはなにも祖父だけを指す呼び名ではないことを思い出した。
 祖父がそう呼ばれていたように、吉継もまた狐にそう呼ばれていた。狐はこの家に生まれた狐の見える者ならば、全員、“刑部”と呼ぶそうなのだ。何故かは知らない。けれども分かっていることは、狐はそれ以外の名は決して口に出さぬということだけだ。
「ああ。その目の色もそっくりだ」
「左様か」
 顔も知らぬ先祖に似ていると言われたところで、対応に困るだけである。しかも、すべて同じ“刑部”なのだから、調べようもない。
 実のない会話を終わらせる為、吉継は脇に置いておいた皿を手にとって、狐の前へと差し出した。
「精進落としでいなりが出たゆえな、ぬしのためにくすねてきやった」
「そうか」
 口を閉じ終わる前に、もう手が出る。いなり寿司は狐の好物である。とはいっても、このようにがっつかれてはあまりに意地汚い。
「ぬしは妖魔のくせに、食い意地が張っておるなァ」
 呆れた調子で吉継が言えば、狐は不本意だとでも言いたげににらみ返してきた。
「貴様が、食え食えとうるさいからだろう」
「われはそんなことを言うた覚えはない」
「言った」
 そうして皿を空にしてから、またごろりと寝転がる。
 まったくのんきな狐よな、と吉継は本日二度目のため息をついた。

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2011/04/21

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