cuppa

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うぐさに

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 貧乏本丸であるうちの本丸では飲み物といえば水道水か電気ポットの白湯かの二択と決まっていたが、ある日、戦帰りの鶯丸がぼそりと、
「茶が飲みたいな」
 と呟いたのを切欠に、まあこれも福利厚生の一部だという軽い気持ちで紅茶の導入が決まった。ぶっちゃけていえば、わたしも大概、カルキ臭い水道水生活に辟易していたのだ。本丸という時空さえ異なる超絶田舎生活に甘んじているだけでも相当だというのに、何故か水道から出てくるのは塩素多めにしときましたよと言わんばかりのまずい人工水。理不尽なことこの上ない。即効で通販サイトを開き、徳用ティーパック100P入りを購入したわたしが、さっそく台所で約半年ぶりとなる紅茶の味を楽しんでいると折よく鶯丸がやって来たので、面倒だとも思ったがマグカップにもう一杯紅茶を作って渡してやった。けれども鶯丸は何を思ったか、自分から言い出したくせに、カップの中身を覗いたまま、なかなか口をつけようとしない。
「お前、茶が飲みたいんじゃなかったのかよ」
「……これは、茶か?」
「そーだよ、それ以外の何に見えんだよ」
 そうか、と頷いて恐る恐るといった風に、鶯丸がカップの縁に唇を寄せる。ズズっと液体をすする音がして、案の定、熱さにばっと身を離した。舌を出してはふはふ言っている鶯丸を馬鹿かと思って見ていると、ようやく息を吹いて冷ますことに思い至ったようだった。ちびちびと時間をかけてなんとか紅茶を飲み終えた鶯丸が、ほう、とぬるい息を吐く。
「満足したか?」
「なんだか、喉がかしかしするな」
「そういうもんだろ」
「そういうものか」
 なるほどと鶯丸が文句も言わず頷いたので、それ以降、うちの本丸には徳用ティーパックが常備されるようになったのだ、が。

「なんだこれは!」
「なにって、茶だよ。知らねーのかよ」
 なあ、と同意を求めれば、ああ、ロワデキームンだ、と至極当然のように鶯丸が答えた。嘘だろ、それ50gで五千円以上もするめちゃくちゃ高いやつじゃねえか。道理でうまい筈である、せめてインペリアルにしろと言い聞かせていたというのにいつの間に買ったのだろうか。呆然とカップを見下ろすしかないわたしを他所に、鶯丸は涼しい顔で、紅茶に口をつけるなり怒鳴り出した大包平へと手を伸ばした。
「お前が飲まないのなら俺が飲む。渡せ」
「誰が飲まないと言った!」
 大包平が大声で吠えてぐいっと薄いカップを傾ける。おい、そのティーカップもよく見たらリチャードジノリのジェルモリオだろそんな風に乱暴に扱うんじゃない、っていうか本当にいつの間に買ったんだ鶯丸、この本丸の経理部長である歌仙は一体なにをしているのか。……あっ、そういえばあいつも陶器大好きクラブ会員だった、これ死んだわ、本丸の財政死んだ。
 思わず遠い目をするわたしを置いてきぼりにして、本丸運営二年目にしてやっと揃った古備前二振りは二杯目を注ぐ注がないで揉め始める。
「この茶葉の貴重さも理解できずに、一息で飲み干すような刀に飲ませる茶はないな」
「なんだと?! 良いから代わりを注げ! 大体、こんな色の液体を茶と言い張るのが間違っているだろう!」
「知らないのか、大包平。昨今の茶はこういう色をしているんだ」
 そうして鶯丸の言う茶が緑茶のことだったのだとわたしが気づくまで、実に一年半もの時間がかかったのである。

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2018/02/04

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