きれい


※悟空と結婚してる。

「頼まれたもん持ってきたぞ!」
「んぶ……っ!」

 私の目の前に突然の壁――もとい旦那である悟空が現れ、キッチンに向かって歩いていた途中の私が避けれるわけもなく、そのまま彼の胸板に顔をぶつけた。
 彼の身体はサイヤ人故かどうにも固く、通常、人にぶつかるような痛みでは済まないのだ。まさに壁に思い切りぶつかったときのような痛みである。

「悟空さん、それヤメテ……」
「わ、悪ぃ!大丈夫か?」

 ジンジンと痛む鼻を押さえるように両手で顔を覆いながらそう訴えると、悟空は申し訳無さそうに、そして焦ったような声で謝る。
 なにせ、どこかの星で覚えてきたという瞬間移動で私とぶつかるのは今日が初めてではない。その度々に瞬間移動をやめて欲しいと言っているのだ。それでもまた同じようにぶつかることになったこの状況に、私の静かな怒りが悟空にも伝わったのだろう。

「もー、私の鼻潰れちゃうよ……」
「んー、そうか?」

 悟空は顔を覆う私の手を優しく掴みそっと離すと確かめるように顔を覗き込んだ。

「いつも通りきれいだと思うぞ?」
「きれっ……?!」

 そして顔を覗き込んだと思えば、普段は絶対言わない言葉が耳に入り、驚きのあまり思わず手を振り払って後退った。そんな言葉、彼の口から初めて聞いたかもしれない。
 彼は私が手を振り払うほど怒っていると思ったのだろう。振り払われた手を所在なさげに漂わせながら慌てて謝った。

「わ、悪かったって……そんなに怒んないでくれよ。コツも掴めてきたし次はこうならねぇようにちゃんと考えるからさ!」
「え?ち、ちが……くないけど、そうじゃなくて……いやそうなんだけど……」

 瞬間移動に怒っているのは確かだが、今はそれどころじゃなく彼の発言の意図を知りたい。そうして口ごもる私に悟空は不思議そうに首を傾げた。私は悟空の言葉をちゃんと理解できないまま、ただあの一言に頭を混乱させていた。

(――いつも通りって、いつも綺麗だとかそんなこと言わないのに。本当はいつも綺麗だって思ってくれてるってことなの?)

 容姿の醜美には疎い彼が私の顔を見て綺麗だと言ったのか、それともただ潰れそうだと漏らした不満に対して言ったのだろうか?聞きたいような、でも聞きたくないような。どうせ後者だろうと頭では理解していても心は期待している。聞いてがっかりすることになるのはわかっているのに。

「ご、悟空さん……その」
「ん?」
「……な、なんでもない」
「どうした?ぶつかって具合でも悪くなっちまったか?お前昔から弱えもんなあ。ブルマんとこで見てもらおうぜ」
「だ、大丈夫!本当に大丈夫!悟飯も待ってるから早く行こう……!」
「?ならいいんだけどよ……」

 しかし思いきって開いた口からは結局言い出せなかった。そんな様子のおかしい私を心配してそんなことをいうものだから慌てて誤魔化した。こんなことでC.Cの世界最高水準の医療を使うわけにはいかない。妙なところで勘のいい彼は私の返事に訝しげに返事をした。
 赤い顔を隠すように「ほら、行こう?」と声をかけて歩き出す私を見て大丈夫だと思ったのか、漂う夕飯の匂いに釣られたのか、悟空は私の後を素直に付いて歩きそれ以上は何も追及されなかったことにそっと胸を撫でおろすのだった。


 そんなことがあってからというもの、悟空は私に瞬間移動するのを本当に止めたのか、ただ使う機会がないだけなのか、私が顔や体を彼の胸板にぶつけることはここ最近無くなりすっかりそんなことを忘れていた。

 今日は悟飯と一緒に家の近くを散歩する約束だったため、二人で出掛けていた。生き物や植物に対して「あれなぁに?」と楽しそうに聞いてくる悟飯に自分の知る限りを答えながら歩いていると、隣にいる悟飯が「あっ!」と声を上げた。また何か見つけたのかと辺りを見渡そうとしたとき、最初に肩を押さえられる感覚からワンテンポ遅れて目の前にいる人物を頭が認識した。

「おとうさん!」
「びっくりした……」
「にひひ、でもぶつからなかっただろ?」
「えっ?……本当だ」

 この前、悟空の思わぬ言葉にその他のことが飛びかけていたが、彼は確かにコツを掴んだ……と言っていた気がする。どうやら瞬間移動を止めたのでなく、私をぶつかる前に押さえることで解決したらしい。

「おとうさん、おかあさんに瞬間移動するときいつも近いね」
「ああ、そのこと界王様に聞いてみたんだけんどよ、花蘭に会いたくて気が急っちまってんじゃねえかって言われた」

 悟空はさも当たり前のようにそう答え、悟飯もまた「そっかあ仕方ないね!」と当たり前のように返事をした。一人ついていけない私は悟空の言葉を飲み込めず固まった。彼から愛情を感じなかったわけではない。表現方法を知らないことと何よりも修業が好きであるためそっちのけになっている気はしないでもないが、大事にされていることも愛されていることも感じている。だからこそ、言葉で表される愛情を受ける覚悟はできていないのである。
 
「確かにいつもより焦っちまってる気はすんだけど、何回やってもうまくコントロールできねえからぶつかる前に捕まえることにしたんだ。ちゃんとコントロールできるようにすっから、瞬間移動すんのは許してくれ。飛ぶよりこっちの方がすぐ会えるだろ?」
「う、ん。それでいいよ……」
「ん?何か顔赤くねえか?やっぱりこの前から様子が変だしブルマんとこに……」
「だ、大丈夫!本当に元気なの!ほら、その、ちょっとびっくりしただけで」
「ねえおとうさん!おかあさんと一緒にこの前の湖に行きたい!」

 悟飯のその言葉で話が変わり、彼からそれ以上の追求はなかった。私はそれにホッとしながら、この前のきれいという発言と今日の会いたいという彼から出た言葉をしっかりと胸に刻んだ。
 普段言葉にしないし、そういう感覚は曖昧であることはわかっていたが言葉にしてくれるのは嬉しいのだ。

「そうだなあ、じゃあ筋斗雲で行くか」
「うっ、私もう暫く乗ってないよ。まだ乗れるかな……」
「大丈夫だって、お前はきれいだしな!」
「なっ……!」

 絶対に無自覚で、だからこそ本心であるその言葉に私は翻弄され続けるのだろう。