花は手折らず愛でるもの


例えるなら、彼女は花のようだと思う。けれど、時々、表情を変えると同じように花の色も変えてしまうからわからなくなってしまうことが多い。高嶺の花とはまた違った意味で、彼女には近寄り難い意味が込められているからだと思っているが、それが暗に人嫌いなのか、無関心なのかは定かではなかった。

「ーー矢内さん」

誰かが彼女を呼ぶ。ざわついていた教室内が一瞬静けさに包まれ、すぐに戻る。友人がいない訳でもないのに、彼女は一人でいることの方が多い。そういう日は決まって本を読んでいるが、時折辺りを見渡すかのように首を巡らす。別段、意味などないのだろうがその度に誰かが驚き、目が合ったと小さな声で騒ぎ出す。普通の女の子、どこにでもいるただのクラスメイト。そう言うにはどこか違和感があるのはなぜなのか。考えあぐねても答えなんて出ず、ぼんやりと彼女の横顔を見つめることが増えた気がした。そんな彼女の横顔に影を落とした見覚えのある奴は、「矢内さん、矢内さん」としきりに声をかけ続けている。

「……あー、うん、なに?」

抑揚のない声。見た目からは想像がつかないほどの中性的な声音はイメージと違いすぎていた。

躊躇いの装いもないままが返って鬱陶しいのか、普段よりも少し低い声で返答している気がする彼女に、尻尾でもあるんだろうかと思うほどそわそわしている奴は「またチェック入ったっしょ? 俺もなんだよね、ネクタイすんの忘れただけで」と言った。

「……そうなんだ? で?」

目にかかるかかからないぐらいの前髪に触れながら本を閉じた彼女は、首を巡らす。なぜか、はっきりと目が合った。この教室内では異質すぎる赤い髪が揺れる。耳にかけられたところから見え隠れする三つ開いている内の一つが煌めく。ーーわざ、と。彼女はわざとわかりやすく、そして戸惑いをあらわにしているんだと気付いた。

「おい。お前は注意だけで済むが、矢内はそろそろ反省文だ」
「なにそれ。茅野くん、朝はそんなこと言ってなかったのに」

長い睫毛が僅かに震えた。目の前の奴に目も合わすことなく俺を見上げた彼女に、少なからず優越感を感じる。風紀を気にしすぎる校風を窮屈だと誰もが感じているが、ここまで嫌悪をあらわにするのは彼女だけだろうか。風紀委員として毎週正門前でチェックリストを持って立っている俺を認識していたらしく、「面倒な奴とはもう話したくない」から頼んだと言うような表情でもう一度前髪に触れた。

「言わなくたってわかるだろ。もう何回注意したと思ってる。こいつとは次元が違う」
「次元って、オーバーだなあ」
「せめて、ネクタイぐらいはしてこいって何度言えば……無くしたなら、生徒会に頼めば用意してくれるだろ」
「んー……たぶん、夏服と一緒にクリーニングで出したまんまだと思うんだ」

高嶺の花と言ったって話が合わない訳でも、返答していくれない訳ではない。どちらかと言うとくだけた話し方だから話しやすいし、きちんと目を見て、言葉と共に表情を変える。すごく、愛着が湧く人間だと思う。

「じゃあ引っ張り出してこいよ」
「えー……やだなあ、面倒」
「風紀委員に向かってよく言えたな」
「ここってさあ、偏差値高い訳でもないの気張り過ぎだよね。ね、謎じゃない?」

そう言いながら後ろの席の高梨さんに話しかけ始めれば、自然と教室内の視線は柔らかくなる。彼女は一人が好きでも、群れるのが嫌いでもない。分け隔てなく出来るから周りに対して期待も楽観も持ち合わしていないだけ。

「うえぇ? な、謎……な、ぞ、謎だね!」
「なにその、うえぇって」

えくぼを浮かべ、おかしそうに笑う彼女の雰囲気に飲まれたのか、高梨さんもつられて笑う。そして、クラスメイトが次々に「矢内さん強気」「でも、まあ確かに謎だよね」と同調し合う。おそらく、さっきから気まずそうに目を伏せている奴の名前すら矢内は知らないのだろう。予鈴が鳴り、駆け足気味で教室を出て行ったのを横目で見ていた矢内は、はっきりと「知らない人とは喋るなって茅野くん言うから、助けるのは自然な道理でしょ」と言った。

「おいこら。誰がいつそんなこと言った」
「ありがとうって意味なのに」
「なら、明日からネクタイしてこい」
「無理な相談」

そう言って笑った彼女に誰もが目を奪われる。親しくなりたい、ともだちになりたい、恋人になりたい。思うだけで終わるのなら、なにもしない方がいい。風紀委員と問題児との間になにかが生まれているだなんて、誰にも知られたくなかった。


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