ニューヨーク・ブルックリンの時刻は現在深夜11時を過ぎた頃。歩く人の中に紛れ街道を進む男女の姿。


「こちらは問題なく終わったわ。 明日にはそっちに合流するつもり。」
《そう。ご苦労さま。ジンには私から伝えておくから、明日に備えて今日のところはゆっくり休んで頂戴。》
「 えぇ、お願いするわね。ベルモット。」
《それじゃあキール…"モルト"と長く甘い夜を楽しんで。》


微笑を浮かべたような声が聞こえた直後、その電話は途絶えた。


「(バレてる…)」


キールと呼ばれた女性は少し眉を潜めた後、耳にかけていたインカムを外す。


『ベルは何だって?』
「任務が完了したこと、ジンに伝えておくって。」
『ってことは、ようやく今回の仕事は全部片付いたってことか。いやー長かったなぁ…』


世界を股に掛ける黒ずくめのテロ組織集団。彼らの一員として任務を遂行しているが、今回の任務で死人は誰一人出ていない。それもそのはず、この二人はCIAの諜報員で組織を解体するために潜伏している同僚なのだ。


「ねぇモルト。」
『ん?』
「私たちの関係、ベルモットに話したの?」
『…まさか、俺らの正体「そうじゃなくて。私たちが男女の仲にあるってこと。」
『あぁ、なんだそっちか…いや?言った覚えはないけどな。』
「……そう。」
『お。ここの店美味そう、なぁ寄ってかないか「今回は長丁場でなんだか疲れたわ。早くホテルでも取って休みましょ。」
『お、おう…』


彼らは同僚でもあり、恋人同士。同じ状況下で組織のメンバーたちの目を盗み互いを励まし合っているうちに自然と仲は深まり、いつしか互いを求め合うようになった。


『ちょっ、タンマタンマ!!』
「何よ。」
『…お前、"疲れてる"って言ってなかったか?』
「言ったかしら。」
『疲れてる割には、言ってることとやってることが違う気がするけど?』


ホテルの部屋に入るなり、明かりもつけずに彼女は彼をベッドに押し倒してジリジリと顔を近づける。


「あらどうして?あなたと私の関係なら、こうなるのは自然な流れじゃない?」
『さっきの件、まだ引きずってんのか。』
「仮にあなたがベルに言ってなかったとして、他に私に隠してることがあるのは事実よね。」
『それは…』
「もしかして、彼女と寝たの「んなわけあるかよ。」


彼は力強い言葉と共に体をお越し彼女の両肩を掴む。


『…確かに、ベルモットに迫られたことは認める。でも断った!!あんな趣味の悪い女、俺が抱くはずがないだろ。それに俺は今目の前にいる…どこまでも真っ直ぐ信念を貫く強い女しか抱かないって決めてるからな。』
「モルト…」
『お前を不安にさせたのなら悪かった。 代わりに今から罪滅ぼし…させてくれないか?』


そう言うと彼は彼女の頬に手を添えて唇を重ねる。数秒のキスが終わると二人は熱い視線をぶつけ合い額を優しく合わせる。


「私だって、あなたにしか抱かれたくないもの…」
『ふふ、本当…素直でかわいいお嬢さんだ。』


頭を撫でられ照れくさそうにしている彼女を見て、彼は愛おしい眼差しを向ける。そして再び口づけを交わす。くっついては離れを繰り返し、彼は頭を撫でていた手をそのままゆっくり下におろしていき彼女の結わえていたヘアゴムを外した。


「こんなにゆっくりできるの、いつぶりかしら。」
『しばらくお預けだったもんな。』


二人の体制は反転し、今度は彼女が押し倒される側となった。キスも徐々に深くなっていき互いのボルテージも上がっていく。


「ん…ふぅっ」
『綺麗だよ。キール…』
「っ、ダメ…」
『え?』
「今だけは…今だけはキールじゃなく居させて…」
『…分かった。瑛海。』


邪悪な鎧はすべて脱ぎ捨て、ありのままの姿で愛し合いたいと願うような彼女の言葉に彼は快諾した。透き通る綺麗な首筋にキスを落とし次第に鎖骨の方までそれは下がってくる。それとは逆に漆黒のようなブラウスの上から手をやさしく這わせ、胸元のボタンに手がかかり器用に外していく。流れるようにブラウスを剥ごうとした途端、彼の手が止まった。


『っ、』
「はぁっ…どうしたの?」
『この傷口…俺との任務でできたやつじゃないよな。』


彼が見たのは彼女の右肩にできたかなり大きい銃創。それを見られた彼女は我に返ったように冷静な表情に戻る。


「平気よ。これくらいたいしたことないわ。」
『…誰にやられた、ジンか!!「やめて。今あの男のことなんて思い出したくもない。」
『あの野郎…瑛海になんてことを…!!』
「名前。」


怒りに震える彼の頬に彼女は右手をあげて優しく触れる。


「そんな顔しないで。せっかくの雰囲気が台無しよ。言ったでしょ?私は平気。こんなこと今までだって何度も乗り越えてきたわ。」
『だとしても…自分の体もっと大切にしろよ。いくらなんでも男と女の体の作りは違う。お前の華奢な体が傷つけられるのは、耐えられないんだよ…」


いつか約束した、亡き父との使命。守るために置いてきた弟の存在。CIAとしての誇り。彼女には背負うものが多すぎる。彼はその負担を少しでも減らしたいと自らも奮闘しているが、果たしてそれが彼女の役に立っているのか分からなくなることがある。こんなにも彼女は傷だらけで闘っているというのに…


「…あなたの存在が私にどれだけの力をくれているのか、考えたことある?どれだけ外で心を痛めても、体が傷ついても、前を向いていられるのは…あなたが私の後ろを常に守ってくれているからよ。」
『えっ、』
「たとえジンに撃たれようが、辛い思いをしようが、最後にはあなたが私を待ってくれている。そして愛してくれる。それだけで力が漲ってくるの。何も怖くない。一番怖いのは…あなたが目の前からいなくなることかしら。」


困ったように眉を下げて笑う彼女を見て、彼はより強く彼女を守ろうと心に誓う。


「だから…お願いだから、私の側からいなくならないでよね。」
「…当たり前だろ。」


そう言うと彼は触れられた右手の指にキスをし、腕から脇へなぞるように軽いリップ音を立てながらキスを落としていく。


「今日はやたらキスするじゃない。」
「そりゃあ、瑛海の体に跡を付けていいのは俺だけだって…ジンのヤツに思い知らせてやらないとな。」
「嫉妬深いのはお互い様ね。」
「…なぁ瑛海。」
「何?」
「今夜は寝かせるつもりないから、覚悟しとけよ。」
「ふふっ、それは楽しみだわ。」


結果としてベルモットの筋書き通りに事は運んでいったが 、二人は後悔していなかった。未だ冷めない熱帯びた互いの愛を呼び覚ますいい機会になると任務で組んだときから踏んでいたから。


「瑛海…愛してる…」
「私も、愛してる…」


まばらに明かりが灯る町並みを背に、二人の愛の時間は甘く長く溶けていった。






Nothing


微熱のカクテル