《奇々怪々な重大任務》


「そういうわけだから、これからシュウのことよろしくね。聖花!!」
『……あ、あの…』
「何か質問でも?」
『今一度確認したいんですが、これが…私の、重大任務…なんですか?』


彼女は体も心もひどく硬直していた。こんなはずじゃなかった、と言わんばかりに開いた口が塞がらない。それもそのはず、彼女が想像していた理想と事実は全くもって違っていたから。

遠路はるばる渡米し、ようやくなれた憧れのFBI捜査官。君に大役を任せたいとボスのジェイムズ・ブラックから直々に命じられなぜか故郷でもある日本へ再び帰国。例の組織も度々来てるって言うし、これは気合いを入れなければ…と意気軒昂と空港についたのも束の間、とある豪邸に同僚のジョディ・スターリングやアンドレ・キャメルと連れられてたどり着いた先には、応接間のソファーのど真ん中に足を組んでいる男性の姿が。


「あぁ。君にはここにいる赤井くんの監視と、彼の周囲を取り巻く人間に危険な人物がいないかを見極め、逐一我々に報告して欲しい。それが君の任務だ。」
『ボス…本気で言ってるんですか?大体、捜査官が同僚を監視するなんて…なぜそんな事しなければいけないんです。しかも当の本人の目の前でそんなこと言ったら意味ないでしょう!?』
「意味はちゃんとあるわよ。それに…監視をつけてもらっても構わない。と言い出したのは他でもない、そこにいるシュウなんだから!!」
『…はぁっ!?』
「……」


思わず目を見開き声を上げてしまった彼女からそっぽを向くようにその男、赤井秀一は無言で顔をそらす。


「聖花。あなたも知ってるでしょう?来葉峠での一件は。」


ジョディの言う来葉峠での一件というのは、例の組織に潜入しているCIAの諜報員・水無怜奈によって赤井秀一がわざと殺されるふりをし、殉職したと組織に思わせ再びメンバーとなった彼女からの情報をFBIに流すためにとった彼とある人物の策略だった。


「おかげでついこの間までこの人は、私たちのことまで欺いていたのよ!!」
「だからその件については謝ったはずだ。それにその時にも言っただろう。"敵を騙すにはまず味方から"だと。」


初めて聞いた彼の声は、腹に響くようなとても低く…だがどこか懐かしい声のように彼女には感じた。


「だとしても、今後そんなスタンドプレイをされたらこっちだって溜まったもんじゃないわよ!!誰かが目を光らせていなくちゃ何するか分かったもんじゃないんだからまったく…」
「そこで白羽の矢が立ったのが、夷隅くん。君というわけだ。」
『……すいません。話が全く見えてこないのですが。』


真顔でそう答える彼女の横で、キャメルがゆっくりと手を上げる。


「あのー…自分も少々理解に苦しんでいるのですが…それでなぜ、彼女を赤井さんの監視役に任命したんです?」
「彼女は日本人でもちろん日本語を話せるし、私やキャメルのように組織のメンバーには顔バレしていないから変装しているシュウと行動を共にしていてもFBIの人間だと勘付かれるリスクは低いでしょ?」
「なるほど…」
『いや、なるほどじゃないです。キャメルさん戻ってきて。』
「君がそこまで拒否反応を示す理由は、俺と君が同じ屋根の下で暮らすことに対して不服があるからか?」
『っ、』


初めて目が合ったその顔に、彼女は思わずうろたえてしまう。真っ直ぐなエメラルドの瞳から送られる視線は間違いなく彼女の方を向いていた。


『だ、だって…否が応でも一緒に暮らさなきゃなんて…もっと他にやりかたがあるじゃないですか!!監視のことはまぁ100歩…いや、一万歩くらい譲るとして。せめて別のアパートとかではダメなんですか!?』
「それには私もどうかと思うわ。監視をするのならカメラをつけるなりすれば別の場所からだって可能だし。」
「でも、赤井さんならカメラの目を掻い潜って何処かへ行ってしまいそうですけど。」
「それもありえるから怖いのよねぇ…」
「お前たちは俺をなんだと思ってるんだ。」


少し話が脱線してきたところでジェイムズが大きく咳払いをする。


「本来ならば、赤井くんは一度死んでいることになっている。以前のように自由に堂々と身動きが取れない状況にある中…この家に閉じ込めておくわけにもいくまい。一人でも行動を共にできる人間がそばについていれば、我々も少しは安心できるというわけだ。」
「何も四六時中共に過ごせと言っているわけじゃない。それにこの家には自由に使える部屋はいくつもあるのにも関わらずアパートを借りるなど、とんだ無駄金を払っているとしか俺には思えんが。」
『まるで自分ん家みたいな言い方してますけどここ人ん家ですよね!?表札に"工藤"って書いてありましたけど!?』
「家主の許可は得ている。"自由に使っていい"そうだ。」
『家主よりも先に、私に許可を取るべきでしょ!?』
「ま、まぁ落ち着いて聖花!!シェアハウスの類だと思えば…ね?」
『そんな簡単に割り切れませんよ!!』


半分涙目で声を上げる彼女を見て彼らが表情を曇らせていると、赤井が再び口を開く。


「君の父親は大分で漁師をしているそうだな。」
『っ!!ど、どうしてそれを…!!』
「これから共に暮らすことになる相手の素性も知らぬまま、こちらも出迎えたくはなかったんでね。君のことを少々調べさせてもらった。ここ最近大分では不漁が続いているとの情報を耳にしたが…父親の収入源がなくなっているのではないか?」
『今家族の話は関係ないでしょ…』
「この任務に乗れば、君の給料は今までよりはるかに上がる。」
『え?』
「ですよね、ボス。」
「…あぁ。何度も言うように、これは決して悪ふざけで言っているわけではない。正真正銘、例の組織とも繋がる重要な任務だ。それゆえに君の給与アップは事前に決定事項だった。間違いではないさ。」
「娘からの仕送りをもらえれば、少しは生活が安定するだろう。君にとっては親孝行にもなる。」
『……』


先程までの速攻拒否とは打って変わって、突如夷隅は押し黙ってしまう。正直なところ赤井の提案に彼女の心は揺れていた。先祖代々漁師一家だった両親に無理を言ってアメリカに行きFBIの道を目指した彼女は、自分がどれだけ家族に迷惑と負担をかけていたのかを自負していたからだ。安定した仕事で安定した収入を保てていると分かれば、それも少しは軽減できるかもしれない…


「君が望めば、今確定している給与額の倍は出そう。」
『え、』
「2倍…いや、3倍でもいい!!」
『いやあの、ボス落ち着いてくださ「なら私は3.5!!」
『ジョディさん?』
「そ、それなら自分は4倍!!」
『キャメルさんまで、何このオークションみたいな展開…』
「なら俺は5倍『あぁもう分かりましたよ!!やりますよ、やればいいんでしょ!?』


アメリカンジョークなのか何なのか、訳が分からない展開を止めるためやけくそで彼女がそう言い放つと、彼らに笑みが戻った。


「どうやら、決まりのようだね。」
「頼んだわよ聖花!!」
「私も応援しているよ。」


3人に口々に応援の言葉をかけられた後、おもむろに赤井が立ち上がり彼女の方へ歩み寄る。


「赤井秀一だ。改めて、よろしく。」
『……夷隅聖花です。これから…よろしくお願いします。』


笑顔で差し伸べられたその手を、夷隅は意を決したように力強く握った。



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