日に日に母親に似ていくおれの左の横顔は、ピアスを開けるとさらにそっくりになって、耳たぶから顎にかけての輪郭など、笑ってしまいそうなほど、同じ型からくり抜いたように、見覚えがある おれは少しずつ滅びの階段を降りている 悪魔たちに足音を聞かれているのだ あのひとの上ずった声、咄嗟に繕う言葉の節々、電話越しの言い回しが、この喉からも出る おれが理想に近づくほど、おれはおれを失う 知らず知らずのうちに踏み外す夜の桟橋みたいに 支配されている 髪を伸ばして、骨ばった肩幅を隠して、木綿のドレスを着たとき、忌まわしくもおれは、地上で最も母に近い生物だった
凍空 標本せらる不眠の星たち 研ぎ澄まされた孤独に月波はしんしん届く 夜更けにいくつもの錠剤を割って、それでもなお眠れなかったらと考える時間がおれにとっては途方もない暗闇で、頭を抑えつけられて泥沼に沈められたみたいな盲目の恐怖で、薬をやめてしまった スリッパと毛布を引きずってベランダに顔を出せば、頬を切る風の一筋に安堵できた 眠りの国は遠くとも、冥府の接吻はすぐそこで艶やかにその上唇を構えている あんたにはわかる、と言いたくなる 退屈に昔を懐かしんでひらく絵本の一冊も、擦り減らした幼児靴の一足も、おれにはない 写真にもテープにもされなかった無形の日々がこの肢体に降り積もっている 愛らしく膨れたほっぺたも声変わり前の凛としたソプラノも持ったことがない ひどく角張った、この肩幅のまま生まれ落ちた気がしている 辞書の発音記号をおぼえた 生きた言葉は踏めなかった 未だに喃語の感情に息差しを余らせている 空白を騙せる睡眠薬があるだろうか めくるめく幻肢痛 明るむ天井の雪色に鳥の声を聞く
おれを欺いてくれるのなら、花でも雪でも塵でも構わないのに カーテン奥の繊月 生まれ故郷に永劫戻れないただの岩石たちは、母親を知っているのか 一部屋の幼年期 喉仏のない日々 足のつかない椅子 幼いおれは夜半の寒さに受話器を当てていた 不通音に掻き消された遠い母親に、耳を澄ましていた 聞いたことのない子守唄を思い描き、毛布に挟まり手足を折り畳む 窓の外にこぼれていく紙だか花だかわからない白さを眺めた、初雪の日だった 朝の光のなか、巻きの崩れたブロンドをきらきらさせて帰ってきた母が、気まぐれに祝うおれの誕生日 箱のなかでめちゃめちゃになった苺のケーキのおもちゃみたいな蝋燭を、生クリームの滑らかさを、まだ覚えている もう雪もほどけた睦月の朝焼けに、見えない朝の星の見えない輝きをぜんぶ集めたように母は笑って、おれは、拙い眠りに登場したあらゆる理想を願い忘れた あれほど目映い人をほかに知らない 伸ばし続けた髪は臍ほどになる おはようもおやすみも与えなかった母に、そっくりのブロンド バスルームで染めた惨めな金色だ 夜明けの鏡面 消え損ねた居残りの星 だれよりずっと眠れなかった惨めな暁星 いっとう輝く金星 もし幼さを覚えているのなら おまえが生まれたときの話を聞かせてほしい