はじめてドレスを買った日のことを覚えている 母が見たらネグリジェみたいって言われるかもしれないワンピース そのときから、わたしはひとつの宝箱になった かけがえのない瞬間は丁寧に写真立てに入れて、すべて伏せておくことにした あらゆる傷を拒絶して、皮膚の下にしまいこむのだ 洗礼盤にざぶりと沈められても、わたしの腹を割けば、血のなかで異教の聖品がぞろぞろとひかる
そうして埃かぶった宝物たちは、わたしの飲み込む空気で酸化して、どこにも行けないまま、着実に褪せてゆく 布張りの棺に閉じ込められて、ゆったりと腐敗する肌の色、その厳かな一瞬みたいに 手のうえでほどける雪のひとひらを見ていた、薔薇を見ていた、日々の衣擦れを聞いていた わたしの持たないすべての輝きを知っていた 終わらないパーティー ブレスレットがじゃれ合う音 こっくりと美しいネクタイのディンプル 指輪がレースに絡まり、どこからか糸の一筋を連れてくる 彼らが日夜交わし合うサテン、タフタ、シャンタン、オーガンジー シルクの重なりに生身の孤独がひしめく だれもなにも隠してはいない 隠せないことをわかっている 接いでも接いでも死臭は透けてしまう しかしわたしは血液にうずめた ヴィンテージのクリスマスカードや、ピンの曲がったブローチや、破れたスカーフを きれいでかわいい異教の死物たちを 後ろめたい夜毎の憧憬を皮膚でくるんだ いつか いつかわたしは憧れを殺して、白粉にも絹のストッキングにも無縁でいられる 首を飾る宝石もいらなくなる 裸足で泳いだ頃があった 月を睨む 夜の底にしがみつく海 決して星には届かない波頭 見果てぬ月 わたしを拐かして! 彼らが絹鳴りを交換するあいだ、わたしはその波光に声を嗄らす
美しい人が死んで、そのひとの遺品のシャツが真っ白なものだけだった、という夢を見た 花腐す長雨のなかの一日、そのひとは箱に収まっていた 孤独を補強する彩度を何ひとつ宿さず、乳白色の艶でぬるりと仕上げられていた
わたしは宝石入れ わたしは孤高な夜の静物 月の海に流れる叢雲に潮は引き 日陰者はその陰翳に安堵する いつか素足で旅することができたら、波に囁いてやる 砂に残された足のかたちに寄り添って暗闇を過ごす しかしほどかれない靴紐 胸元のアメジスト 薔薇の刺繍のソックス いつまでも憧れから拐かされないまま 無謀な空真似に明け暮れる いくつかの夜、わたしはこっそりとドレスに袖を通して、鏡に映した 月明かりにいっそうなめらかなサテンリボン うっとりと丸みを帯びた肩口 背中へと流れるシフォンのシルエット あのドレスで過ごせる場所を求めている 新月の砂浜では自由に歩けない ハイヒールの足音で踏み抜かれた宵を嚥下して、わたしのための言葉を探す 失いがたい聖句は臓腑にある けれど、黄金やルビーや真珠に埋もれて、楽園の合言葉を思い出せなくなった バスルームの月光 むくんだ足をたたむ 素肌が放つのは鍍金の安っぽい光沢 この膚は錆びていく ガラスパールの生肌の艶めきに、嫉むことしかできないから、いつも飢えていて、貪婪で、獰猛で、わたしはそういう自分に、ネックレスを与えてやる
まっさらな明月も、装い豊かな朧月も、憎まずにはいられない いっそ、ダイヤモンドを見たときの野蛮なときめきに支配されてしまいたい グリッターで瞼を彩り ティントリップは二色使い かわいい香りのするがらくたで孤独を上塗って、陰気な享楽に浸る 風の王子を相手に踊る少女のひとり遊びみたいに、虚しいだけの憧れに日々を投げ出している わたしは宝石入れ わたしは火を待つ柩 幾千もの薔薇を枯らして、白銀を曇らせながら、わたしはここにいる シューレースを絞め上げ、縊られていく聖句たちを吐き出せないまま、いつもここにいる