「だからさ〜、夢子がマズいみたいだから、憂太ちょっと行ってきてくれる?直で現地は無理だけど、その近くまでなら僕がすぐ送ってあげられるから」
五条先生の第一声を信じたくなくて、聞き返したが、やはり聞き間違いではなかったらしい。
夢子ちゃんの端末から救難信号が届いた、との報せ。
最近『やっと準1級に上がれた!』と喜んでいたばかりの夢子ちゃん。
今日は昇級後初めての単独任務で張り切って出て行ったのは数時間前の出来事だ。
「僕が行けたらいいんだけど、ちょっと別件でどうにもならないものがあってさ。憂太が高専内にいてくれて助かったよ。頼める?」
焦る僕とは真逆で、いつも通りのゆるい調子で問い掛けてきた五条先生に少し苛立ってしまう。
そして『すぐ行きますから、送って下さい!』と食い気味に言葉を返すと『良い返事。じゃ、いってらっしゃい〜。よろしくー』と即座に高専外、もとい夢子ちゃんの任務地近くまで飛ばされた。
五条先生の術式、本当にとんでもないなと思いながら、直ぐ様その場から駆け出す。走りながら電話もかけてみるが当然、夢子ちゃんからの応答はない。
焦りの気持ちが大きくなる中、スマホに送られてきている夢子ちゃんの任務情報に目を遣りながら、その任務地へ向かって走り続けた。
2級呪霊の討伐任務、そんなに危険性があるとは思えない。
なのに、救難信号が発信されるなんて一体なにがあったんだろうか。
考えを巡らせている内に任務地と言われている森の中に到着し辺りを見回すが彼女の姿はなく、呪力の気配を辿ろうとした瞬間、人の声が聞こえてきたので即座にそちらへ足を向けると…
「お嬢ちゃん、ほんっと弱いな〜。弱い者虐めみたいで飽きてきたから、そろそろ終いにしようか。それとも別の楽しみ方でもさせてくれんのか?アハハ!」
其処には下卑た笑顔を浮かべた見知らぬ男に踏みつけられている彼女の姿があった。
それを見た瞬間、僕はその男との間合いを詰め、拳を叩き込んでその身体を吹っ飛ばす。
そして、どこか扇情的にさえ思える程に衣服もボロボロにされている夢子ちゃんの身体に自分の上着を掛け、取り急ぎの治療をすべく反転術式を行使しようとしたところで、暗器らしきものが飛んできた。
寸前のところでそれらを躱し、飛びかかってきた男に対して刃を抜いて応戦すると、流れるように男との戦闘に移行することとなってしまう。
夢子ちゃんの呼吸がかなり浅かった気がするから一刻も早く治療したかったのに、暗器使いという厄介な相手のせいで夢子ちゃんから一定の距離を取る羽目になる。
近くに呪霊の気配はないから、おそらく呪霊を討伐した後にこの男に襲撃されたということなのだろう。理由はわからないが襲ってきたということは、
夢子ちゃんの様子を見る限り、その身体から此奴の呪力の残穢は感じなかったから術式ではなく単純に接近戦で負かされたように思う。
…此奴は僕が殺る。
僕の大切な人を傷つけたことをあの世で後悔しろ…!
キィン…!!
金属音が辺りに響くと同時に、男の持っていた鎖十手が弾け飛んだ。
「お嬢ちゃんと違って兄ちゃんは強ぇな」
武器が飛ばされたと言うのに余裕ありげな男は術式に余程の自信があるのか、まだ何か暗器を隠し持っているのか。次が読めないが、次の前に斬り伏せるかと、刀剣の柄を握り直したところで男の口から吐かれた言葉に感情の螺子が吹き飛ぶ音が頭の中で鳴った。
「まぁ、お嬢ちゃんは兄ちゃんと違って良い身体してたから嬲る楽しみはあったけ…グフッ…」
そして、男の言葉を途中で遮るように、その喉に刃を突き立てると、男はその場に崩れ落ちた。
男から肘鉄を食らった際に口の中が切れたようで、鉄の味のする唾を地面に倒れ込んだ男に吐き捨てて、夢子ちゃんの方へと駆け出そうとしたら、事切れたと思った男の口元が僅かに動き、瞬間、意思があるかのような禍々しい呪力の塊が夢子ちゃんの方へと飛んでいった。
マズい!と思ってリカを呼び出したが、すんでのところで間に合わず、その呪力の塊は夢子ちゃんの口に吸い込まれるように消えてしまった。
「っのクソ野郎!」
人を呪い殺すことを生業としている呪詛師の最後の悪足掻きか、最期の瞬間に何らか生得術式を行使したのか、駆け寄り抱きかかえた彼女の身体からは呪霊のような気配が立ち昇っていて、明らかに身体の中から呪われたとわかった。
そもそも術師が死して尚継続する呪いなんてあるのか。
正確な術式を掴む前に勢いのままに男の息の根を止めたことを後悔している暇はない。
物の数秒であらゆる思考を巡らせた結果、反転術式の正のエネルギーを彼女に直接アウトプットするぐらいしか思い付く方法がなく、それすらも彼女を救えるかは未知数だったが、祈るような気持ちで彼女の頬に手を添え顔を引き寄せて、その小さな唇に喰らいつくように口付けた。
無心で正の力を彼女に流し込み続けていたら、ぴくりと彼女の手が震えて、その目がパチリと開いた。
そっと唇を離すと『ゆーたくん…』とか細いけれど、大好きな声が鼓膜を震わせて、ヘナヘナと身体から力が抜ける感覚のままに僕は目の前の華奢な体躯を縋るように抱きしめたのだった。