世界平和は朝までおあずけ

「あれ、乙骨さん…?」

今夜は俺たちのライブツアーの打ち上げで、事務所の先輩である乙骨さんも顔を出してくれたのは知っていたけど、ちょっと外の空気を吸いに行こうかと廊下に出たところで、予期せぬ場所でその後ろ姿が目に留まり、思わず独言た言葉が口をついて出てしまった。

でも、乙骨さんは俺には気付かなかったらしく、そのまま廊下の奥に消えてしまう。

てか、そっちバックヤード、というか、ケータリングのストック置き場みたくしてる場所じゃなかったか?と、乙骨さん偶に天然だからうっかり迷子かもしんねーな、と先輩に声をかけようと追いかけてしまったのが間違いだった。

追いかけていった先、暗がりの通路の奥から響いてきたのは…

「ゆうっ…たくっ…んぅ…っ」
「やっ…ダメ…っ」
「…ぁっ…!」

夢野さんの悩ましげな声で、虎杖がドラマ共演したからって軽率に招待してたんだったっけ…という事実を思い出した。

「駄目じゃないでしょ。そもそも隙がありすぎる夢子さんが悪いんだよ。ほーら、ここイイんでしょ?」

この場はこのまま立ち去るべきか、それとも流石に場所が場所だから、物音でも立ててちょっと考え直してもらうか、どっちが正解だ?と頭を悩ませていたら、聞こえてきた乙骨さんの声音は明らかにスイッチ入ってる時の超絶クールなやつで、これは退散が正解だと、そっと踵を返したところで運悪くスマホが鳴り出した。


着信画面には虎杖の名前。
まじ、お前、ホントふざけんなよ。何から何まで。

心の中で呪う勢いで文句をつけていたら「誰?」と酷く冷静な乙骨さんの声がその場に谺して、諦めて2人の前に顔を出すと。
そこには夢野さんに覆い被さるような形で彼女を壁に縫い留めて、その脚の間にしっかりと自分の膝を入れ込んでいる雄々しさ全開の先輩の姿があった。

「伏黒くんだったんだね。誰か来たな〜、とは思ってたんだ」
言って笑顔を浮かべる乙骨さんの笑顔が逆に怖い、なんて口が裂けても言えないから「スミマセン」と当たり障りない言葉だけ返したら、乙骨さんはにっこりと笑いかけてきた。

「伏黒くんが謝るようなことじゃないよ。でも、1つお願いがあるんだけどいいかな?暫く此処に人来ないように人払いしといてもらえない?」

「…了解です」

「ありがとう。じゃ、夢子さん、続きしよっか?」

気まずそうな夢野さんにも一応軽く会釈だけして直ぐに背を向けると、また背後から彼女の何とも言えない声と吐息が響いてきたことは言うまでもない。



乙骨さん、基本的に手放しで尊敬できる先輩だけど、彼女絡むと見境なくなるんだよなぁ…


触らぬ神に何とやら、って奴だよな。と、俺は立入禁止の看板を通路の入口に置くと、何とも言えない気持ちのまま打ち上げ会場に戻るしかなかった。