初恋の食し方

「はぁ…」
「なんなんですか、人の顔見るなり溜息ついて。止めて欲しいんですけど」
「七海にはわかんないか〜。恋煩いとかしたことなさそうだもんねー」
「は?なんですか、それ。灰原は自分が恋煩いしているとでも言うんですか」

机に頬杖をつく僕に白い目を向けてくる七海は相変わらずすぎる。ほんと学生時代から変わらない。

どんな女の子が好き?
このタレント可愛くない?
彼女欲しいよね?

思春期の男子高校生なら誰しもが盛り上がりそうなネタを持ち出しても、いつもしかめっ面してたもんな〜。
脱サラ呪術師の癖に、サラリーマン時代も合コンとか行ったことなかったのかな。


「で、相手は一体誰なんですか…」
「アハハ、渋い顔しといて相談のってくれるの?七海ってば、やっぱ優しいよね!」
「…そういうこと言うなら、私はこれで」
「待って、待って!ごめんって!話聞いて!!」
不満げな顔をしたまま背を向ける七海を慌てて引き留めて、有無を言わさずに職員室の休憩スペースのソファに座らせた。

その後、相談しても結局は意味のない会話が繰り広げられるだけになろうとは、この時の僕は思ってもいなかったけど。


『それで、お相手は?』
『んーとね。誰が相手でも絶対に馬鹿にしないって約束してよね!』
『何ですか、それ。私がそんな小さい人間だとでも言うんですか』
『そういう訳じゃないけど…なんか辛辣なこと言いそうな予感はしてる』
『そんな予感がする相手というのが逆に想像つかないんですけれど。まさか呪詛師とか言うんじゃな
『まっさか〜!違うって。夢野が気になってる。ていうか、放っておけないというか。そんな感じなんだよね』
『夢野さんって…虎杖くん達の同級生ですよね。貴方、自分の受け持ちじゃないとは言え、生徒じゃないですか』
『だからー!やっぱそーゆー正論言うんじゃん!そういうのいらないから!てか、そんなの僕だって分かってるよ。分かってるから、一応悩んでたんじゃん!!』
『…それは恋ではなくて、単純に庇護欲的なものではないんですか。灰原は妹さんいますよね。妹さんみたいな感覚を勘違いしていたりは…?』
『あのねぇ…僕たち、もう思春期男子じゃないんだよ?流石にそんな子供の初恋みたいなことあるはずないでしょ』
『はぁ、そうですか。それは失礼しました。歳の差…は貴方の場合、幾つになっても幼いので、まぁ、感じさせないかもしれないですね』
『何それ!全く何も褒めてないよね?!』



◇ ◇ ◇

「おー、お前ら午後は体術訓練の授業だろ。ちゃんと食っといた方がいいぜ。今日、夏油と灰原揃ってるから、めちゃくちゃしごかれるぞ」

虎杖くん、伏黒くん、野薔薇ちゃんと食堂でお昼ごはんを食べていたら、真希さんがやって来て料理の載ったお盆をドンっと机に置くなり、ニヤニヤ顔を向けてきた。

「うわー、マジか!!夏油先生と灰原先生揃っての体術訓練とか燃える!」
「熱血バカかよ。じゃあ、虎杖ひとりで頑張って。私、その2人揃い踏み絶対やだ〜」
「まぁ、あの2人揃うとキツイよな。近接戦めちゃくちゃ強いし、灰原先生は体術半端ないし」

真希さんの言葉に騒ぎ始める3人を他所に、私は久しぶりの灰原先生の授業らしいという事実に胸が騒いでしまい頬が熱を持った気がして、会話には加わることができなかった。
そんな自分を誤魔化すように黙々と白米を口に運んでいたら、隣に座った真希さんに『珍しいな、夢子が中盛り食ってんの』とニカっと笑いかけられた。

「あ、え、最近は中盛り食べるようにしてるんです。沢山食べられるようになりたくて」
「へー、筋肉つけたいとかか?夢子、少食だから飯もいっつも小盛りだったもんな。なんだかんだ呪術師も体力勝負なとこもあるから心配してたんだよ。いっぱい食うのは良いことだ!」
「ふぁきさん!ひょれ違う…!」
「悠仁は食うか、喋るかどっちかにしろ」
「ほんと馬鹿!汚いでしょうが!」

野薔薇ちゃんから痛烈な肘鉄をくらった虎杖くんは痛がる素振りをしながらも、口いっぱいに頬張っていた食事をゴクンと飲み込んで真希さんの方へ得意げな顔を向けた。

「真希さん、夢野がいっぱい食うのは恋のためだから!筋肉とか関係ねーよ、東堂じゃあるまいし」

「虎杖くん、何言ってるの?!」
ドヤ顔で大きな声でそう言い切った予期せぬ虎杖くんの行動に私は慌てて立ち上がって、その口を両手で押さえ込んだ。でも、そんなことは後の祭りでしかなかった。

「夢子、諦めなさい。狗巻先輩とパンダ先輩もめちゃくちゃ前のめりだから、ほら」

「しゃけしゃけ!」
「夢子、恋の相談なら先輩たちに話してみろよ〜」

いつの間にやら、狗巻先輩とパンダ先輩まで食堂に来ていたらしく、爛々と輝く瞳で覗き込まれてしまえば、逃げ場もなくなってしまう。


「………子が好きらしくて…」

こうなったら仕方ないと諦めて、子供染みた理由を口にしたが、恥ずかしさから声が小さくなってしまったせいか、先輩ズから『聞き取れなかった。何が好きだって…?』と聞き返される始末。

うぅ、新手の拷問かな。
また同じこと言うの、恥ずかしさの上塗りすぎる…
そんなことを思いながら虎杖くんを押さえ込んでいた手を離して、自分の席に再び腰を下ろすと、解放された無邪気代表同期がすかさずまたドヤ顔で口を開いてしまう。

「灰原先生は沢山食べる女の子がタイプなんだって!だから、夢野がんばって最近食べる量増やしてんだよな」

「え?灰原?」
「すじこ?!」
「なるほど、好きな相手の好みに近付きたくて頑張ってんのか。で、相手は雄なのか〜。フムフム」

「夏油先生情報だから間違いないぜ!俺は応援してる!!」

悪気もなくニカっと親指立てる勢いの笑顔を私に向けてくる虎杖くんと、あんぐりと口をあけてる真希さんと狗巻先輩、1人でウンウンと頷いてみせるパンダ先輩に、もはや私の脳味噌はキャパオーバーで何をどう収拾させればいいかもわからなくなって言葉を失っていると、ガラガラと食堂の引戸が音を立て、予期せぬ声がその場に響いた。


「夏油さん、今日も蕎麦ですか?」
「灰原も蕎麦にしたら?蕎麦を舐めると痛い目見るよ」
「アハハ!何ですか、それ。僕は今日は肉食います。午後も体術訓練の授業ありますし!」

涼しい顔をしていそうな夏油先生と元気いっぱいの灰原先生の声が背中越しに聞こえてきて、まさかさっきの話聞かれてたりしないよね…?と背中に嫌な汗が流れた気がした。

先生たちに挨拶したいけど、さっきのことが気になってしまって振り向けずにいると、
「おや、悠仁たちもお昼だったんだね」
「そうっス!先生たちもこれからなら、こっちで一緒にどうっすか?」
「せっかくのお誘いには乗っておこうか。ねぇ、灰原?」
「勿論です!ゴハンはみんなで楽しく食べた方が美味しいですからね!!」
あれよあれよという間に虎杖くんと先生たちの会話が進み、気付けば私の目の前に灰原先生が座ることとなっていた。

焼肉丼のどんぶり片手に、なぜか灰原先生はニコニコしている。

先程のことが気になり続けてしまって、上手く話せる話題も見つけられず、また黙々と白米とおかずを交互に食べ続けるしかできずにいたものの、やっぱり中盛りを食べ切ることは私に難しかったようで段々と箸が重くなる。

うぅ、よりにもよって灰原先生がいる前で食べ残すとかしたくないのに、もうお腹いっぱいだよ…。でも、あとちょっとだし、何とか詰め込めばいけるかな、と重たく感じ始めたお箸を握り直して、中盛りのお茶碗に向き合った瞬間、向かいに座る灰原先生が発したのんびりとした声音の一言によって食堂が騒然となった。


「いっぱい食べなくても夢野のことは好きだけどなぁ〜」


1年生も2年生も、その場にいた生徒の全員がバッと音が出る勢いで灰原先生の方を向いたけれど、当の灰原先生は何も気にしていない様子でパクパクと焼肉丼を笑顔で食べ続けていて、今のは幻聴だったのかな…?と思ったところで、夏油先生がクスクスと笑いながら灰原先生へと視線を向けた。

「灰原、君、今し方、声に出てしまっていたよ。無意識かい?」

「え、あ、うわー。まじかー。えっと、僕、先に行きます!ご馳走様でした!!」

夏油先生の言葉を聞くなり、灰原先生は有り得ない速さで丼を掻き込むと即座に立ち上がってしまった。

「ちょっ…!灰原先生、ちょい待ち!さっきの、どういうこと?!」

声も出ない私の代わりに大声を張り上げながら、立ち去ろうとする灰原先生を引き留めるべく、先生のジャージの上着に手を伸ばしたのは虎杖くん。素早い動きが流石すぎたけれど、灰原先生はそんな虎杖くんの追尾はひょいっと身軽に躱してしまう。

…かっこいい。
と、こんな時ですらそう思ってしまう自分の片想いの拗らせ具合に自分で苦笑いが溢れる。

「んー、いやー、うーん。じゃあ、午後の授業で僕から1本取ったら、さっきの話してもいいよ。夏油さん、お先です!」

どこか少し悪戯に成功した子供のような笑顔でそう言うと、灰原先生はバタバタと騒がしく食堂から去っていった。



その後、食堂に残された私たちは、当然ながら灰原先生の『1本取ったら〜』は誰が取ったら有効なんだろう?なんて話になって、そもそも誰が、というより、2人がかりとかでも1本取らせて貰えないんじゃないか、という結論に達し、灰原先生のさっきのアレの真相はわかりそうにないかも…と諦めかけたところで、企み顔をした夏油先生が『とりあえずは悠仁たちが頑張ってみて、無理だったら私が1本取ってあげるよ。灰原は別に“誰が”とは言わなかったからね、この場にいて発言聞いた私も有効と言えるだろうね。ほんと詰めが甘いからねぇ、灰原は』と楽しげに言葉を吐き出した。



結局、午後の体術の授業で私たちは束になっても灰原先生から1本取ることはできず、夏油先生が言った通りに灰原先生から1本取ってくれた。夏油先生と大マジに体術対戦している灰原先生が格好良すぎて私が見惚れていたら皆に揶揄われたことは言うまでもない。

そして、夏油先生から何かを囁かれた様子だった灰原先生に、燦々と太陽の光が注ぐ午後の校庭で『僕、夢野のこと好きみたいなんだよね』とへにゃりとした笑顔で告げられるのはこの直ぐ後の話。
この時の灰原先生の後ろに見える青空は雲一つなくて、なんだか先生にすごくお似合いの空だった。






▶︎言い訳という名の補足◀︎

幾つになってもピュア元気マンの灰原雄さんは生徒の中では最も悠仁と波長が合ってる様子で、悠仁の方も灰原先生にはかなり懐いていたりする。なので、大好きな同期が先生とくっつけば嬉しいなというピュア悠仁は、先生ズに灰原先生の情報聞き回ってたという経緯があって、その時に夏油先生が、そう言えば学生時代に『沢山食べる子が好きです』って言ってたことあった、と漏らしたことが今回の発端なのは否定できない。
ちなみに、夏油先生は灰原と夢子の両片想いに最初から気付いてて、もう見てらんないな〜、早くくっつけばいいのにと色々とうまく誘導したであろう陰の番長なのは間違いない。笑