約束は小指から薬指へ

⚠︎芸能パロの乙骨くんです。
 芸パロはネタ帳に設定あります。



「ぼくのおよめさんになってね。やくそく!」
「うん、やくそく!ゆうくん、だーいすき」

きみの小指とぼくの小指で結んだ固い条約。
君はまだ覚えてる…?



「うぅん…」

「あ、憂太、起きた?丁度よかった、そろそろ現場着くから」

マネージャーの言葉にまだ眠くて重たい瞼を摩ると、現場モードに切り替えなくちゃと乱れていた前髪を掻き上げて、車窓の外へと視線を向けた。

俳優という仕事はなかなかの激務で車での移動時間は貴重な睡眠時間。大体は夢なんて見ることもなく、短時間でも泥のように眠ることが多いのに、今日は珍しく、しかもとても懐かしい夢を見た。

先程までの夢現を反芻すると、幼く愛らしかった夢子さんが思い出されて口角が少し緩むのを感じた。


「憂太さー、やっぱり考え直さない?もうちょっと先延ばしにする、とかさ。まだ若いんだし」

「しつこいですよ。約束は守りましたよ、僕。日本マカデミー賞の主演男優賞とったら、許してくれるって話だったじゃないですか。しかも去年は本当に僕、死ぬほど仕事こなしましたから」

「それはそうなんだけどさぁ。いや、そうだよ。約束したから社長だって許してはくれた訳だけど、でも、やっぱりさー。憂太、まだまだ新規層の開拓できる時期だし、ちょっと勿体ないんじゃないかな〜と」

「残念ながら、その話には乗りません。夢子さんは僕よりも歳上だから、これ以上待ってられませんし。変な虫に集られても困るので。そうなったら僕、仕事辞めますよ?」

「ちょっ…なに言ってるんだよ、憂太。勘弁してくれよ〜」

マネージャーからのしつこすぎる提案を看破したところでちょうど現場に到着。ステーションワゴンの扉が開いたので『よろしくお願いしまーす』という挨拶と共に車外へと足を踏み出した。



夢子さんと僕は所謂幼なじみ。
家がご近所で親同士も仲が良く、小さな頃から一緒に育った。
僕よりも少しだけ歳上でお姉さんな夢子ちゃんは僕の初恋で、初恋は実らないなんてしょうもない話はどこ吹く風で今はれっきとした恋人だ。

ただ、僕が俳優というちょっと特殊な職業に就いたために、僕たちの交際は世の中に知られる訳には行かないものとなり、デートはいつもどちらかの家。滅多にしない外食だって、する時は絶対に事務所の融通がきくお店。とにかく長らく彼女には酷く窮屈な思いをさせてきたと思う。
僕の仕事のことを何より考えてくれる夢子さんは文句なんて一つも言わないし、いつも僕の立場や仕事のことばかり気にしてくれて。僕よりも歳上で一般人の夢子さんは会社の人や親戚から、恋人の有無やら結婚やらその手の話を振られることは多いのに、彼氏はいないの一点張りで過ごしてくれている。『恋人だって紹介してくれていいよ』とは言ってあげられないけれど、恋人がいることぐらいは言ってくれて構わないのに、というような話をしたこともある。でも、それも『どんな些細なことから憂太くんに迷惑かかるかわからないから言わないわ』と逆に笑顔で言い切ってしまうような大人すぎる女性が夢子さんという僕の恋人である。



「憂太くん?疲れてる…?わざわざホワイトデー当日じゃなくても良かったのに、無理して時間作ってくれたんじゃない…?」

事務所は関係なく僕が好きに選んで決めたレストランの個室で恙無くコース料理は進み、最後のデザートも終わろうとしていた頃、今日に至るまでの色々が少しばかり頭の中を過ぎってしまいぼんやりしていた僕のせいで、テーブル席の向かいに座る夢子さんに心配そうな顔をさせてしまった。

こんなタイミングで流石に今日の一番の目的を切り出す訳にはいかず、そもそも今日というイベントのために用意していたのにまだ渡していなかった紙袋にそっと手を伸ばす。

「無理はしてないよ、ちょっと考え事しちゃっただけで。ごめんね。こんなタイミングで出すとちょっと格好つかないんだけど、今日ホワイトデーだから、これ」

僕の差し出したものを見た夢子さんの顔はすぐに幼い頃のように無邪気な笑顔へと変わった。

「わー、アルファベット・シュガーじゃない!わざわざ買いに行ってくれたの?嬉しい、ありがとう」

夢子さんは子供の頃からキャラメルが大好きで、大人になってからはここのお店をとても気に入っている。通信販売もなく、店舗も都内でも数店舗のみだから、どこでも買える訳でもなく、しかもこの限定BOXは買うのになかなかハードルが高かったりするけれど、そこは今日のために頑張った。マネージャーに協力も仰がず、自分でお店に並びに行ったから気配を消すのが大変だったけど、そんなのは夢子さんのこの顔を見たらチャラだ。『すごい!しかも限定BOX!!』と弾む声を出しながら紙袋の中を覗き込む夢子さんが可愛いくて、僕の渡したそれを抱え持つ両手にそっと自分の手を重ねた。

「あ、えっと、憂太くん…?」

いくら個室とは言え、お店の人がいつ来るともわからないと思っているからだろう、僕の突然の行動に少し動揺したように声を上擦らせる夢子さんの左手を自分の口元へ近付けるとチュッと指先に口付ける。瞬間、夢子さんはぴくっと華奢な手を震わせた。

…可愛い、な。
事前に約束を取り付けているから、実は僕たちが退店するまではもうお店の人は来ないことになっている。それもあって少し加虐的な悪戯心が胸を掠めたけれど、それは我慢して、そっとポケットの中へと手を忍ばせた。そして、取り出したものを彼女の左手の薬指へとそっと嵌めた。

「夢子さん、僕と結婚してください」

驚きで見開かれた彼女の瞳は見る見る内に潤み始め、夢子さんは震える声で「…はい」と返事をしてくれた。
でも、夢子さんは一言返事をするのが精一杯らしく、いよいよポロポロとその眼から涙を溢れさせてしまい、声にならない声で「憂太くん、こんなのずるい…」と呟いて、泣き笑いのような顔を僕に向けてきた。

そんな彼女の姿を見ていると、改めて。
あぁ、彼女が愛おしい。
そう思えて仕方ない。

彼女にもっと触れたい。
喜びだとしても涙を零す彼女を抱きしめたい。

そんなことを思った僕はそろりと自分の席から立ち上がり、彼女の隣の席へと移動する。そして、笑っているのに泣いている夢子さんのことを自分の方へ向き直らせた。

「夢子ちゃん、僕のお嫁さんになってね。約束!って覚えてる?」
言葉と共に昔のように僕は彼女へ小指を差し出した。

「っ…もう、憂太くん、本当に反則…っ!覚えてるに決まってるじゃない!」
大切そうに僕の小指を両手で握り込んだ彼女は珍しく語気を強めた。でも、瞳は赤くなるほど止めどなく涙を溢れさせている。

「ふふ、そっか。覚えててくれて良かった、嬉しいな。ねぇ、抱きしめてもいい?」

「うん、あ、ダメダメ!私も憂太くんに抱きつきたいぐらい嬉しいけど、でも駄目…!一応個室だけど、ここ外だし万が一のことがあったら困るから、やっぱり駄
「そういう心配ももう要らないから。それにね、呼ばない限り、もう店員さんも来ないから心配しなくて大丈夫だよ」

僕を諭すように捲し立てる夢子さんの唇に人差し指を伸ばしてその言葉を止めて彼女に笑いかけると、急に気恥ずかしくなったのか、夢子さんは所在なさげに床に視線を落とした。

ほんとこういう所は歳上なのに可愛くてしょうがないし、僕の加虐心を煽ってるなんて本人は気付いてないんだろうな。

「ということで、夢子さん、心配いらないから。こっちおいで」
俯く彼女の腕を強引に引き寄せて彼女のことを自分の膝に招くと、戸惑うように僕の顔を見つめるその顔の小さな唇にキスを贈った。