帳尻合わせにキスでもしようか

「…結局、こんな時間まで付き合わせちゃって、ごめんなさいね。花金だし、夏油くん、何か予定とかあったんじゃない…?あ、花金とか古臭かったかな」
「あはは、花金ですか。私は通じますけど、新人とかには通じないかもしれませんね。ちなみに、付き合ったというか、普通に今夜は手空いてたので、先輩のこと手伝うのは当然ですから気にしないで下さいね」

少し歳下の夏油くんは仕事がよく出来て、見た目もいわゆるイケメンと女の子から騒がれるようなルックス、仕事に限らず人間性も120点満点な非の打ち所がない後輩。

年度が始まった初日、若手の起こしたトラブルフォローという突発的な仕事で午前様を覚悟していたのだけれど、夏油くんが手伝いに名乗りをあげてくれ、夜中になる前に会社を出られて今に至っている。

夏油くんは相変わらず優等生のような回答をしているけれど、早く帰れたであろうところ、こんな時間まで自分の担当でもないことに付き合わせてしまったことが申し訳なく思えて仕方なかった。でも、こんな時間では、お酒を奢るとも言えないし、何のお返しもできそうにない。


「何か考え込んでますか?本当に気にしないで下さいね。仕事なんですから当然のことですし。それに夢野さんと仕事すると、勉強になること多いので。好きですよ、先輩と仕事するの」

「ふふ、エイプリルフールだものね。ありがとう、嘘みたいなお世辞」

切長の目を細めて笑う夏油くんの“好き”という言葉に少しドキリとさせられたけれど、今日が4月1日であることを思い出した。

「お世辞は嘘ではないですけどね。エイプリルフール、そう言えば今日でしたね。それなら、言ってしまおうかな」

尻窄みになってしまってよく聞き取れなかった彼の言葉が気になりながらその顔を見上げたら、ニコリと再び笑顔を向けられた。

「私、前から夢野さんのこと気になってたんです。もちろん女性として、って意味ですよ?」

「もう、エイプリルフールだからって先輩のこと揶揄って楽しいのかしら。まぁ、こうなったら最後まで付き合うわ(笑)」
平静を装ってみるものの、今日という日特有の嘘だとわかっていても、ルックス120点の男性から微笑まれてこんなことを言われると心臓が煩く騒ぐ。情けないかな、鼓動が普段の何倍も早いのが自分でもよく分かってしまう。

「後輩にも分け隔てなく優しいですし、真面目で頑張り屋、そういうところ好きだなと思います。しっかり者で仕事も凄い出来るのに、どこか天然で抜けてるところ見ると、すごく可愛いなって思ってました。あ、可愛いとか、歳下が生意気でしたね。失礼しました」

「…嘘でも、そこまで持ち上げてもらって光栄だわ。ありがとう」


頬が熱くなっている気がする。紅くならずにいつもの顔を夏油くんに見せることができているのだろうかと自分で自分に不安を感じながらも、静かに彼の横を歩いていると、私より一歩先へと足を踏み出した夏油くんがくるりとこちらを振り返った。

「…嘘じゃ、ありませんよ」

「え…?」

「嘘じゃなくて、全部本当です。もう、終わりましたから」

言いながら、夏油くんが私に見せたのはスマホの待受画面。
そこに映るのは日付の変わった時刻表示だった。


思考が追いつかない私を見つめる夏油くんの瞳は見たこともない色を灯していて、その何とも言えない表情と空気に戸惑わされた4月2日の0時過ぎ。