言葉も唇も欲しい

「伏黒くん、ほんとに誕生日プレゼント欲しいものないの?遠慮しなくていいんだよ?って、もう今日が誕生日当日だけどね〜」

「…いいっす。俺もいつまでもガキじゃねーんで。夢野さんにも申し訳ないですし…」

師走も半ばを過ぎ、世の中はクリスマスイルミネーションやら何やら浮かれた空気が溢れるある日の任務帰り。
補助監督の夢野さんが運転する車のバックミラー越しに複雑そうな瞳を覗かせた。

「伏黒ってば、カッコつけだな〜。そーゆーこと言う方がガキなんじゃね?ねぇ、夢子さん!」

一緒に任務に出ていた虎杖が人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、運転席の夢子さんへと顔を突き出す。
余計なことを言ってきているのも、相変わらず夢子さんへの距離感もおかしいことも、どちらにもイラッとして小さく溜息を溢したら、夢子さんが慌てた声を出した。

「あ、ごめんね。しつこく聞きすぎちゃったね。そうだよね、伏黒くんだって、もう高校生だもんね。いくら昔から知ってるとはいえ、いつまでも親戚のお姉さんみたいな顔されてもウザったいか。ごめん、ごめん〜」

虎杖の頭があるせいでバックミラーに映っているだろう彼女の表情は見えなかったけど、声には遠慮の音が混じっていて、自分の言葉足らずな言動を少し後悔した。


彼女と初めて会ったのは、ヘラヘラした様子で五条先生が俺の前に現れたあの日。夢子さんは先生の隣に立っていた。
同級生でお目付役、それが夢子さんの立ち位置だったらしいことはそれ以降の長い付き合いの中で聞かずとも察したことの一つだ。

出会った頃からヘラヘラと人を不愉快にさせるようなことも平然と言ってのける巫山戯た大人だった五条先生とは違う意味で、夢子さんはいつまで経っても俺を子供扱いで、やれ誕生日だ、クリスマスだと、子供がプレゼントを貰って喜ぶような時期が来ると、毎年こんな調子だ。

子供の頃は親のいない津美紀と俺にとってはたしかに嬉しかったりもした。
でも、いつからか彼女を好きになり、子供扱いじゃなくて、ちゃんと男として見て欲しくなってからはプレゼントを貰う度に心の中に靄が広がっていた。


「伏黒、お前さ〜。夢子さんのこと好きなんだろ?」

あれから車内は微妙な空気のまま、高専に到着して、何とも言えない空気のまま、夢子さんと別れ、任務報告書を纏めなきゃなんねーなとか思いながら、寮に向かって歩き出したところで唐突に虎杖がそう切り出した。

「は?お前、なに言っ
「隠すなって。ちなみに、釘崎も気付いてんぞ。つーかさ、ガキ扱い上等じゃん。ガキなら我儘めいっぱい言って、欲しいもん欲しいって言っても許されんだろ〜、なんて」

ドヤ顔を見せる虎杖の言葉に、突然ストンと胸に何が落ちた気がして、次の瞬間には俺は踵を返していた。

「たまにはお前もいいこと言うな。わりーけど、任務報告書任せた」

言葉と共に走り出した俺の背中に向かって虎杖が『おー、むっつり伏黒がんばれよー。夢子さん、お前の言葉に淋しいって顔してたかんなー!』なんて言っていたことは全く気付かなかった。



高専の駐車場まで走っていくと、車内の点検も済んだらしく、その場から立ち去ろうとしていた夢子さんの姿が其処にあった。

「夢子さん!」

「わっ、伏黒くんか。ビックリした〜。もしかして忘れ物とか?あ、でも車内には何もなかったんだけどな。というか、名前で呼んでくれるの久しぶりだね。昔はずっとそうだったのに、いつの間にか、ちゃんと苗字で呼んでくれるようになってたもんね」

「あー、そうっすね。まぁ、勢いっつーか、なんつーか」

嬉しそうな顔で笑う夢子さんに胸の奥が熱くなる。

ガキ扱いされてようと何だろうと、この人のことが好きだ。
だから、そろそろ本気で意識してもらわねぇと困る。男として。

「…欲しいもん、あります」

「え、ほんとに?!なんだ〜、あるなら遠慮なく言ってくれたらよかっ

弾む声を出した彼女の言葉を遮って、俺はその唇を自分のそれで塞いだ。
躊躇い惑う小さな舌を思いのままに捻じ伏せた後、そっと唇を離すと夢子さんの眼を真っ直ぐ見据える。戸惑いの色を含む瞳にふいっと視線を外されたけれど、強引に自分の方へと向かせた。

「俺が欲しいのはアンタです」







子供扱いをされていると思っていた恵と歳上すぎる自分が恋愛対象になるとは思っていなかった夢子の両片想いが成就するのは、このすぐ後の話…