※ボルダイが成立している世界です



「僕たちね、手を繋げばお互いのことがなんでもわかるのよ」
「え?」


授業がすべて終わったあとの教室。掃除をしていた手を止めて、ダイヤは嬉しそうにそう言った。


「僕たち、2ヶ月前から付き合ってるじゃない?最近ね、ボルツから手を繋いでくれるようになったの!」


きゃあ、と鈴のような声。大きな瞳がキラキラと輝いている。なんだか話が長くなりそうな気配を察知する。ダイヤモンドは隣のクラスにいる幼馴染のボルツと最近になって付き合い始めた。ふたりは入学した頃からずずっと登下校を一緒にしているし、授業が終わればボルツが部屋まで迎えに来ていたからあれで付き合っていないという方が変な感じだった。だから彼にボルツとの交際の話をされたときは、今までは付き合ってなかったのか…と驚いたのを覚えている。


「私もボルツのことよく知ってるわけじゃないけど、まあ確かにあんまりスキンシップ激しそうなタイプじゃなさそうだよね」
「そうなの。だから、本当に嬉しくて。ナマエは?最近ラピスとはどうなの?」
「私?うーん…。別にどうということもないけどなあ」


ダイヤはええー?と面白くなさそうに声をあげるが、実際にそうなのだから仕方がない。私とラピス・ラズリはたぶん、世間的な基準から見るとあまり恋人らしいことはしていないのだろうと思う。たとえば私が「手をつなぎたい」といえばつないでくれるのだろうなあと思うけれど、私も彼もとくにそういうことをしたいと思う方ではない。


「寂しくないの?」
「えー、寂しい、かあ…」


少し考える。寂しい。しかし、私はラピス・ラズリと共に時間を過ごす中でそんな気持ちは感じたことがない気がする。
ダイヤの言葉になんと答えたものかと迷っていると、教室のドアががらりと開けられた。

「ダイヤ」
「あっ、ボルツ!!」


入ってきたのはボルツだった。
黒く長い髪を揺らしながらぶっきらぼうな顔でこちらへと歩いてくる彼を見て、ダイヤモンドの可愛らしい顔にまるで花が咲くように眩しい笑顔が広がった。
ちょうど掃除も終わったところだ。私は掃除道具をロッカーにしまった。


「じゃあね、ダイヤ。私はラピスの所に寄ってから帰るよ」
「うん、ありがとうナマエ!また明日ね」
「ボルツも、気をつけて」
「ああ」


私の言葉に頷いたボルツは、ダイヤモンドの手にしていたカバンを自然な動作で流れるように受け取り、そのまま歩き出した。ボルツはつっけんどんな言葉遣いだし神経質なイメージが強い子だが、何気ない動作に彼が持っている表には出ない優しさや愛情はしっかりと見て取れる。
教室を出ていったふたりを見送りながら、仲睦まじいふたりを微笑ましく思う。そして、私も図書室にいる恋人に会いに行くべく、ほどなくして教室を後にした。


▽▽▽


「へえ、そんなことがあったんだね」


ぺらりと本のページを捲りながらラピス・ラズリは言った。
窓から差し込む夕陽に、本にもオレンジ色の影が落ちている。下校時刻の迫る広い図書室の中には誰もいなかったが、静謐な空間で大きな声を出すのは気が引け、声を落として席についた。


「そうなの。なんか、いいなあって。ダイヤがさ、自分たちは手をつなげばお互いのことが分かるって言うんだよ。ふたりともお互いが大好きなんだなってわかってね、素敵だった」
「それで来るのが少し遅れたわけだね。僕はずっとここで君を待っていたというのに。酷い人だ」
「そ、それは、でも10分くらいでしょう。ラピスってすぐにそういう言い方するよね…」
「はは、君の反応が面白いから、つい揶揄いたくなってしまうんだよ」


ラピスはそう言うと、読んでいた本の表紙をぱたりと徐に閉じた。
その動作になんだろう、と顔を上げた私に、彼は整った顔を少し傾げて私の顔を覗き込むようにして言った。


「君は、僕の考えていることが分かるようになりたいかい?」


放たれた質問に、一瞬言葉が詰まった。
彼の考えていることが分かるようになりたいかと言えば、そりゃあ。いつも人をけむに巻くような言動をするラピス・ラズを、恋人という立場である私にでさえよく理解できないことがしょっちゅうある。それに、凡人には及びもつかないようなことを考えるこの人物の考えを私が知ることなんて、できるとそもそも思えない。
そして、もしラピス・ラズリのことを完璧に理解できて、ダイヤのいうように手さえつなげばなんでも分かるようになれるとしても、


「思わない」


窓の向こうでは輝く茜色の世界が、彼の背後できらめいている。
眩しい後光にちょっとだけ目を眩さに細めながら、私は言った。


「だって、分からないから面白いし、ラピスがもし私の理解に収まるような人なら、きっとあなたをこんなに好きになってなかったと思う」
「あなたといるとわくわくするの。ラピスの人を試すような言動とか、嫌がる子もいるけど私は嫌じゃないよ。好きなの。あなたのことが」
「ずっと、分からないままでいて欲しい」


私が言い終わると、「…そう」と彼はそれだけ返した。どことなく、嬉しげな笑みを浮かべていて、その笑い方は彼にしては珍しいものだった。


「揶揄って悪かったよ。時間もう遅い。一緒に駅まで帰ろうか」
「あ、ラピス照れてるでしょ」
「君から、そんな熱烈な言葉を頂戴してしまえばね。まったく、君は面白いよ。いつも僕の予想を超えてくる。それに、」
「それに?」
「…いや、やっぱり今は止めておこう」
「え、なになに」
「手を繋げば、分かるかもしれないよ」


はい、と手を差し出してくる。日に当たらないせいで白く、形の良いきれいな手だ。それを握り返してみると、ほんのりと暖かな血の温度が感ぜられて私も嬉しくなって握り返した。


「僕の考えてること、わかった?」
「わかんないよ。あ、でも、ラピスが食べたがってるものは分かる。たい焼き」
「なら、それも買って帰ろうか。あんまり遅くなると、君のご両親が心配するだろうけれど」


まるで内緒話をするように、小さく囁きあいながら階段を降りていく。繋いだ手をぶらぶらと揺らしてみれば、茜色の光が漏れる窓にふたりの影が伸びた。夕陽の中で私を見上げたラピス・ラズリの横顔は、なにを考えているのか分らない、美しくて愛しい笑みを浮かべていた。
手を繋げば分かるすべてのこと

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