春の午後はあたたかな日差しが眠気を誘い、お昼ご飯の後の授業はほとんどはかどらない。古い薔薇窓から漏れる柔らかな陽光の中で微睡む生徒は私だけじゃない。それらを黙認している先生は寝ている生徒を起こすことなく英語を読み上げながら授業を進めている。


「Do you think you can like me a little - enough to be my bosom frend?」


頬杖をつきながらふたつ隣の列の三番目の席に座っているダイヤの背中を眺める。まわりで寝ている子も多いのに真面目なことだと思う。単純に眠たくないだけなんだろうか。



「僕、英語の授業は好きよ」
「私は苦手だなあ。文法が全然覚えられないもん」
「それはナマエが寝てるからじゃない?」


クスクスとダイヤは笑って肩をすくめた。今は朝の礼拝でも使われることのない旧チャペルに彼女の高い声が反響する。
このチャペルは私たちが放課後になると決まって集まる場所だった。お互いの家の迎えが来るまでの少しの時間、こうやって誰もやって来ない場所でおしゃべりをしたりする。伝統ある学校の庭園は広大な広さで、冬以外の季節は常にさまざまな花が咲く。春は特にそうで、どこまでも続く花の茂みに覆われて世界からこの学校が切り離されているようにも感じる。
迷路のような庭園の中に隠れるように取り残された旧チャペルは、私たちの秘密の場所だった。


「僕、あの『赤毛のアン』っていうお話好きよ。今日習った箇所はとくに」
「どんなだったの?」


尋ねると、ダイヤは少し俯きながら足をぱたぱたと上下に揺らしてみせた。首を傾げたときに髪がふわりと揺れて、彼女の表情が少し見えなくなった。


「主人公のアンがダイアナに、わたしの腹心の友になってくれますかって言うの。彼女はそれに応じるんだけど、その誓いがとっても好き」


そう言うと、彼は顔を上げて上半身を私の方へと倒してきた。私の手に手を重ねて、唇と唇とが触れ合いそうな距離で薄い桃色の唇が開いた。


「『Do you think you can like me a little - enough to be my bosom frend?』」


絹糸のような髪が揺れ、私の頬を擽る。


「太陽と月のあらん限りー我が腹心の友、ナマエに忠実なることを我、厳かに宣誓す」


囁かれた言葉がまるで秘め事のように密やかなものだったから驚く。けれどダイヤはすぐにぷ、と噴き出して鈴の鳴るような声で笑った。


「っふ、ふふ。なあんて、ね。ごめんねナマエ。ちょっとやってみたくなったの」
「いや、それは別に、良いんだけど…」


さっきのあの雰囲気はなんだったのか、すぐにもとの調子に戻ったダイヤに面食らいつつ頷く。古びた長椅子に細い肩を預けて、ダイヤは茶色の鞄からかわいらしい小瓶を出した。中身はクッキーだ。
私たちは調理実習で作ったお菓子などをここに持ち寄っておしゃべりのついでに食べたりすることがある。今日は彼女が持ってくることになっていたので、私はタンブラーに紅茶を入れてきたのだった。
ココナッツパウダーが塗されたクッキーをひとつ取り、口の中に運ぶ。


「あ、おいしい」
「本当?よかった。ナマエはココナツ味のものが好きでしょう?だから僕、張り切って作ったのよ」


自身はココアのクッキーを指先でつまみながら、嬉しそうにダイヤは言った。口に広がるバターの風味に舌鼓を打ちながら紅茶をダイヤ用のカップにも淹れる。
誰もいないチャペルは、天窓のステンドグラスからもれる光が自然の光ともつれ合って、中に舞う埃がよく見えた。「あのねえ、ナマエ」


「僕、結婚相手が決まったの」


ぱきり。クッキーが割れる。


「…………そ、そうなんだ、。そうだよね、もうそろそろだったもんね」
「この間の日曜にね、お父様と一緒に向こうと顔合わせをしてきたの」
「そっか…。優しそうな人だった?」
「うん」


穏やかに頷いたダイヤは、顔を上げた。きらきらと輝くふたつの瞳がじっと私を見つめる。言葉では沈黙を貫いているのに雄弁なその目から彼女が言わんとしていることが分かって、「やめて」私は拒否した。


「やめてよダイヤ、私はどうすることもできないよ…。私たちみんな、ここを出たらばらばらになるんだから」
「違うわナマエ。僕は、攫って行ってほしいって言っているわけじゃないの。家のために結婚する未来が変わらないのは僕もナマエも一緒だもの。ただ、ずっと僕の友だちだって言って。僕意外に、一番の仲良しは作らないって今約束してほしいの」


両手を彼の手のひらでぎゅっと握られる。手から落ちてしまったクッキーが、乾いた音を立てて床に転がった。


「…なんて、言えばいいの?」
「僕がさっき言ったみたいに。太陽と月のあらん限り―、」
「た、太陽と月のあらん限り…」
「我が腹心の友、」
「我が腹心の友、…ダイヤモンドに、」
「忠実なることを我、厳かに宣誓す」
「厳かにせん、!」!


言葉は、最後を言い切る前にダイヤの唇によって塞がれた。


「僕ね、ナマエを永遠に僕のものにしたかったの。ずっとそう思ってた…。だから、これは誓いのキスよ。ずっと、永遠に、たとえ離れ離れになっても心はひとつだって」


そうして、甘えるように私の肩へと頭を預けてその長い睫毛を伏せた。光が絡んで、まるで泣いているような陰影がすべらかな頬に落ちる。
ぎゅうと今度は体ごと抱きしめられる。制服越しにあたたかな体温が伝わってきて、「…うん」私も腕を回して同じように彼女の体を抱きしめた。


「私も、誓うよ。ずっと友だちだよ」


抱きしめたダイヤモンドの体は薄くて、女の子の柔らかな匂いがした。もし、私たちが男女だったらもっと違う結末だったのだろうか?それとも生まれた家が悪かったのか?でも、それだと私たちが出会うことも無くて。
実現することのない仮定の空想は、どちらかともなく重なった唇の温度で溶けて消えてなくなってしまった。もうすぐ夕暮れも終わってしまう。私たちは、この小さな世界から去らねばならない。どうか私たちの明日が来ませんように、と心の中で願った。
フェアリー・テイル

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