春の海は寒くて、頬に吹き付けてくる風は体温を奪っていく。今まさに沈んでいこうとしている朱色の太陽は、三月の冷たい海を赤々と照らしていた。
「ったく、なんでこんな時期に海なんだよ」
はあ、とため息を吐きながら砂浜を歩くカンゴーム。カーキ色のブルゾンについたファーの毛先が、風で揺れる。なんだかんだ文句を言っても、さいごには私のお願いをきいてくれる彼に思わず笑みが溢れる。今日も、急に海に行こうと言い出した私に、最初は「ハァ???」という反応をしたのに、こうして一緒に来てくれた。
「だって来年からは就活始まっちゃうじゃん?だからこうやって、今のうちに思い出つくっとかなきゃって思ったんだよー」
「こんな誰もいない海に来ることが思い出づくりになんのかよ…」
ざくざく、進めば足跡ができていく。でも、寄せては返す海がそれをさらって、すぐに消えていってしまう。
「カンゴーム、だいすき」
「なんだよ急に」
「ずっと一緒にいてね」
春の海は、寒い。海に沈んでいく太陽の光は真っ赤で、まるで火の海にいるようで、振り返ったカンゴームの背中が遠く見える。ざあざあと何千年も前から同じ動きを繰り返してきたみたいな寄せては返す飛沫が、ふたりの足跡なんて簡単に消していく。でもカンゴームの素直じゃない優しさはずっと私の側に置いておきたくて、子供がするみたいなお願いをしてしまう。
「大学も卒業してさ、就職して、それからもしどっちかが結婚とかしたら、もう会えなくなっちゃったりするのかなあって思って」
私たちの前に広がる未来。いつまで生きていつ死ぬのかも分からない時間の先で、私たちの関係もいつか風化してしまっていくのだろうか。カンゴームにも好きな人や、仕事や、私よりもっと大事な存在が増えていったら、もうこんな風に会ったりできなくなるのかな。
近頃はそんなことを考えることが多くなっていた。自分のことばかりで浅ましくて嫌になってしまうが、そんな未来のことを考えると頬にあたる潮風だって冷たく感じてしまう。
「ん」
と、カンゴームの私より少し大きな手が、私の手を包んだ。そのまま彼のブルゾンのポケットに吸い込まれていった。あったかい。
「もう帰るぞ」
「ええ?せっかく来たのに」
「また来年の夏来ればいいだろ」
そう言って、彼はぷいと顔をそむけてしまった。ぽかんとしていると、ぐいぐいと腕を引っ張って先に進もうとしてくるから前につんのめりかける。「ちょ、ちょっと待っててば!」
(−あ、)
カンゴームの耳が、赤くなっているのが見えた。でもきっとそれは夕陽のせいじゃない。それに気づいた私は、得意になって彼の隣に急いでその腕にがばっとしがみついた。
「うわっ、なんだよ」
「ふふ。私やっぱりカンゴームのこと大好きだよ」
「あっそ」
「来年はゴーストやフォスも誘おうね」
「ゴーストはともかくフォスは別にいいだろ」
「またそんなこといって」そんな会話をしながら、私たちは夕暮れの砂浜をふたり並んで歩いていった。ふたつ並んだ足跡は、寄せては返す波の中にきらめきながらゆっくりと消えていった。
ふたり
back
top