「あ、膝丸」


そう年はいっていない、優しい響きのある澄んだ声に呼ばれて膝丸は顔を上げた。見れば、向かい側にある執務室の障子に指をかける自身の主の姿があった。顔を面で隠した青年が、ちょいちょいと手を振っている。主人に呼ばれ、膝丸は桜の花びらが散る庭を横切ってそちらへ向かった。


「どうした、主」
「ちょっと今いいかな。次の任務のことなんだけど」


審神者について、部屋の中へ入る。八畳ほどの和室は壁に取り付けられた本棚すべてにぎっしりと何やら難しそうな本が入っている。青色の現代的なデザインのバインダーもあれば、紙切れが数枚挟まっているようなものもある。砂庭が愛用している飴色のちゃぶ台にはすっかり冷めてしまったお茶が半分ほど残った急須、それから"済"の判を押された書類があった。


「また遅くまで仕事をしていたのだろう。忙しいのは分かっているが、少しは休まねば身体に毒だぞ」
「ごめんごめん」


備え付けの急須からお茶の支度をしながら言う膝丸に、呑気な声で審神者は返事をした。ワーカホリックな彼のことだから注意したところで聞いていないのは分かり切っていたが、なんだかんだ膝丸はこの年若い主人のことを甘やかしてしまう。この審神者がまだ十代のころから刀剣として仕えていたこともあってか、自身の弟のように感じるときもあった。
よいしょ。審神者は座布団の上に座り、一枚の書類を膝丸に見せた。


「これ、この間の会議で上から渡されたものなんだ」


ぺらりとしたそれは見たところ普通の紙だが、書かれている内容が厳重機密であることを赤い印で示されていた。審神者は父の代からこの職務についている家系であり、政府にも一族がたくさんいることからこのような、審神者の中でも限られた者にしか与えられない特殊な任務を命ぜられることが多々あった。
文に目を通した膝丸は、その整った鼻梁に皺をよせた。


「時間遡行軍と、関係をもっている本丸がある…?これは真か、主」
「昨晩、 の時代に時空を渡った形跡が発見された。残された霊力を政府の分析班が解析した結果、それは審神者によって励起された刀剣男士のものと一致した」


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