一人暮らしのアパートの古びたインターホンが鳴って、ドアを開けた私を待っていたのは深緑色の外套に身を包んだ軍人だった。この暑いのに一切の素肌を晒さない服装。外套から伸ばされた手にも白い手袋を嵌めている。私を、先日起こったビル爆破殺人事件の重要参考人であると男は言った。ほかにも何人か軍人はいたが、恐らくみんな彼の部下なのだろう。終始、人の好い読めない笑顔を張り付けたようなその男に命じられ、軍人の一人が私の腕に銀の手錠を嵌めた。


「貴女が逃げるとは思っていないのですが、一応付けさせてくださいね」


そんなことを宣う男に、私は為す術もない。どうすることもできないまま連れて行かれた先は、軍警が所有しているという建物の一つだった。屈強そうな見張りの男が常に門扉の前に立っているそこは、町中では異様な雰囲気を醸し出していて、一般人はふつう近づかない場所だった。私だって、普段買い物にいく途中で前を通るくらいだったのに、まさか自分がここへ来ることになるなんて。
長い廊下を歩きながら思う。と、不安でいっぱいになる私の心を読んだように、男はクスリと笑った。


「そんな顔をなさらないでも大丈夫ですよ。酷いことはしませんし、幾つか質問に答えてくださればすぐにお家へお返ししますから」


ぎぃ、とドアが開いた。そこは今まで通ってきた廊下に設置されていた冷たそうな無機質な部屋とはまるで違った。
まるでどこかのお屋敷の書斎のような造りの部屋だった。飴色の家具、花柄の生地が張られたチェア。精緻な細工を施された鏡。ぎょっとして辺りを見回す。すぐ後ろにいた軍警たちは、「では自分たちはこれで」と直角に頭をさげ、すぐに出て行ってしまった。え。


陽炎

back
top