「なまえ、またあの子だよ」


同室の女の子が呆れたような口調で言った。視線の先には倉庫があり、その窓の中には男の子ー中島敦くんがいた。鞭で何度折檻を受けたのか、腕や頬に傷がたくさん残っている。粗末な白い服にもところどころ茶色くなってしまった血が滲んでいた。


「ほんと、いつも皆の"いけにえ"にされちゃってるもんね。まあでもあの子がいるおかげで私たちも助かってるけどさ」


たいして可哀そうだとも思っていなさそうなふてぶてしい口調で言うだけ言ってしまうと、その子は掃除の続きに戻ってしまった。手にした箒を動かすこともなく、私はまだ彼のことを見続けていた。
私は彼と話したことはない。だから恐らく向こうは私のことを知らない。だけれど私は一方的に彼のことを知ってい
た。ずっと見ていたからだ。
最初は、いつもおどおどしてて変に優しいから周りにいいように使われるどんくさい子なんだなという認識だった。なのに私は気づけば彼を目で追うようになっていたのだった。

夜に置き忘れた初恋

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