ゆらゆらと揺蕩う川は、春になったとはいえどまだ冷たい上に何より汚い。何やら得体のしれない塵屑やら油が浮いて、シャツをべったり肌にくっつけてしまう。しかしもはや、そのようなことを気に留める余裕は私にはなかった。排気ガスのせいでろくに星も見えない魔都の空。誘蛾灯の灯だけが水面を表面だけはきらきらと輝かせる。死ぬには佳い日だった。


「おい、そこに誰かいるのか!?」


誰もいなかったはずの路地裏から、声がした。周りに人はいなかったはずなのに。
通路の向こうからやってきたのは、背の高い男と、もう一人。「国木田さん、女の人が倒れてます!!」少し高い少年のような声だ。それに男のほうが焦ったように何か言っている。しかし私にはそれを確認するまでの気力はもう残っておらず、そのまま泥濘の中へと意識をゆっくり手放した。


その子二十櫛に流るる黒髪の

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