不定期に、私の働く花屋を訪れる男性がいる。

 年は二十代前半くらいだろうか。すらりと背が高くて、肩に引っ掛けるように無造作に着ている黒色のロングコートが印象的な人だ。何故だかいつも怪我をしていて、端正な顔立ちの半分を覆うように白い包帯が巻かれている。高級そうな革靴を履いていて、しかし彼はいつもふらりと何処からともなく一人でやって来る。一度彼に名前を訊くと、「ないしょ」と答えるので、いつしか私は彼を「お兄さん」と呼ぶようになっていた。


 「あ、こんにちはお兄さん。二週間ぶりくらいですか?お久しぶりです」
 「うん、久しぶりだね。君も元気そうで何よりだ」


 その日、お兄さんは閉店間際の時間に現れた。今日も今日とて、黒のコートを港から吹いてくる潮風に揺蕩わせている。そんな映画俳優のような様子が、彼の背後に広がる横浜の夕焼けとひどく似合っていた。


 「今日はなにか買っていきますか?」
 「そうだね。何か御薦めはあるのかな」
 「そうですねぇ」



▽▽▽

 まるで野に咲く一輪の花のようだった。少なくとも太宰にはそう思えた。彼女は特別美人というわけでもなく、接待や会食の席でたくさんの美女を見る機会の多かった太宰にとっても目立たない顔立ちの女性という風に映っていたのだが、その優しげな笑顔だとか声だとかに妙に心を惹かれるのだった。少なくとも、派手な薔薇よりも、彼女のような華美さはないが清潔な美しさを持つ花のほうが、太宰には好ましかった。
薔薇色の夕暮れ

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