「明日、世界が終わるとしたらどうする?」
うだるような暑さの体育館裏。部員たちの成績をまとめながらそんなくだらない質問をした私をみて、赤司はぱちりと瞬きをした。
「唐突だな」
「なんか、昨日のテレビでやってたんだよね。都市伝説の番組だったんだけど、2020年に地球は滅びるんだって」
「みょうじはそれを信じているのか?」
「いや信じてはいないけどさ。ふと思い出したっていうか」
七月に入って、私がマネージャーをしているバスケ部はIHに向けた練習がどんどん忙しくなっていった。みんなの日々の練習もいつも以上に熱気が入っていて、体育館の中にいるとそれがよく分かる。汗のにおいと、立ち込めるむわりとした空気。三十度を超しているはずなのに、外の風は涼しかった。
赤司は、「ふむ」と考えるような仕草をしてバインダーに挟まったプリントを捲った。「そうだな、」
「今の季節なら、海へ行きたい」
「海?海って、ひとりで?」
「いや、緑間や黒子たちとだよ」
流石に一人でいくのは寂しいからね、と笑いながら否定されてしまった。みーんみーん、と狂ったようになく蝉しぐれの中、赤司の意外に幼さが残る額には汗が滑っていった。それを見て、彼もまた生きているのだと驚く。
「海へ行って、泳いで、ビーチバレーがしてみたい。普段はバスケばかりだからな。たまには別のこともやってみたいんだ。それからかき氷を食べて、焼きそばも食べて、日が暮れるまでずっと皆と遊んでいたい」
「意外だね、なんか赤司ってそういうイメージぜんぜんないし」
「そうかな。俺は小さい時から習い事や勉強ばかりしていたから、あまり自由な時間は取れたことがないんだ。今年の夏も、バスケの練習で詰まっているしね」
「…」
そっと赤司の横顔を覗き見る。整った横顔の、彼の顎を汗が伝っていく。赤司も、汗をかくんだ。
赤司は、いつも成績が一番だ。バスケだって帝光に入学してからすぐに一軍へ入るほど実力もある。それに、練習だって日々怠らない。顔も整っていて、女の子にもモテていて。あまりに完璧すぎて、気が引けてしまうほどよく出来たこの完璧超人みたいな人間は、今までどんな風に生きてきたんだろうか。
ふと、そんなことを思った。
(…そういえば、赤司のこと、あんまり知らないかも)
一軍のマネージャーという間柄から、彼と話す機会はそれなりにあったはずなのに、彼個人のことを聞いたのは思えばこれが初めてな気がする。
隣でみんなの練習メニューをチェックする赤司の横顔をじっと見ていると、ふとおもむろに彼が顔を上げた。
「なんだ、みょうじ」
「いや、その…」
みーん、みんみみん。蝉が泣く。熱い太陽が包み込む灼熱の世界を。
木々からこぼれる夏の日差しに目がくらみそうになりながら、「あ、あのね」頑張って言葉を紡いだ。
「も、もしよかったら、私からあとで皆に提案してみるよ」
「…」
「さつきも誘うし、ほら、日帰りとかでなら一日くらい予定つけられるでしょ?練習試合、八月の頭だし、それがひと段落したら、その、」
「…ふっ、」
「えっ、なんで笑うの」
あわあわとしどろもどろになりながら言う私を、赤司はくすくすと笑った。慌てて彼の顔を見上げると、まるで子供のそれのような、彼にしては珍しい笑い方をしていたから、私は口を閉じてしまう。
「いや…、嬉しいな。と思っただけだよ」
「そ、そう?」
「ああ。じゃあ、あとで頼むよ」
勿論、その時はみょうじも来てくれるんだろう?そう言って、赤司は私の隣を抜けて体育館内へと入っていってしまった。思わず口をついて出た言葉だったが、赤司の意外な笑顔に私はその場に取り残されたまま「う、うん」ともう中へ戻った彼に返事をした。
蝉が鳴いている。夏はまだ、始まったばかりだ。
2019/8/13
世界は五分前からはじまった
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