「なまえ、あのさ。こないだのことなんだけど…」
林檎のように染まった頬を俯かせて、そろりと不安げな視線が探るように私を見上げる。
放課後になって堅苦しい授業から開放された生徒たちの声が、どこか遠い世界のもののように聞こえてくる。真っ赤な夕陽が落ちる誰もいない教室のなかで、響香ちゃんの影だけが大きく見えた。
「ごめんね、この前も言ったけど、急にあんなこと言って…」
「や、全然いいよ、だって、……」
行き場のない手をバタバタさせながら首を振る響香ちゃんは、そこで言葉をきって、また俯いた。
「…正直、ほんとはさ、凄く驚いたんだ。なまえ、一年のときからずっと仲良かったし、ウチはずっと友達だと思ってたから」
「…うん」
ーー梅雨に入る前に、私は耳郎ちゃんに告白した。昇降口でばったり遭遇した耳郎ちゃんに、「すき」と言ったのだった。雨が振っていて、花壇に茂る紫陽花がどんよりと曇った空間で鮮やかな色彩を放っていた。ただ想いが口をついて出てきて、困って、でも言ってしまったことにはどうしようもないからそのまま「好きだったの、前から、ずっとまえから…」そう続けた。頭ががんがんとして体中の血が沸騰したように熱くなって、傘の柄を持つ指やら頬やらがじんじんした。耳郎ちゃんがどんな顔をしていたかは、あまり覚えていない。でも、「少しの間待っていてほしい」と私に告げた彼女の頬もまた赤くなっていたのだけが今でもあの小雨の中で揺れている。
「ウチも、なまえが好きだよ」
それは花が綻ぶみたいな、優しい笑い方だった。
窓辺の向こうで沈んでいこうとしている太陽の光がきらきらと彼女の顔に散っていって、電気をつけていない薄暗い教室の中でそこだけが柔らかい光に包まれていた。
ーまるで夢のなかにいるような、現実感がない風景だった。
「…なまえ?」困ったような声がして、はっとする。…そして、その姿をみて、なぜか自分が嬉しいと感じていないということに気づいた。
(どうして、だろう)
ずっと好きだった人が、私も同じだよと言ってくれたのに。告白して家に帰ったあの日、耳郎ちゃんに想いを告げたときのことがずっと頭から離れなかったのに。あんなにどきどきしていたのに。
まるで嘘だったかのように、それらが遠く感じられた。
(…そうか)
その時、なぜか私はこんな風に感じた理由を理解した。
(この関係は、永遠じゃないって私は分かってるんだ)
私たちがたとえばいわゆる"恋人同士"になって付き合ったとして、でもそれは一生続くものじゃない。一緒にショッピングに行ったって、キスをしあったり抱きしめあったりしても、いつか響香ちゃんも私も別の人とそれをするようになるだろう。
そんな光景が当たり前のように頭の中に浮かんだ。
「…なまえ?」
不思議そうに顔を覗き込まれる。赤いままの頬の彼女に、「うん、私も響香ちゃんが好き」と返した。窓の向こうの燃えるような赤い夕焼けが空に広がるさまは、まるでこの世の終わりのようだった。ちっぽけな私たち二人を茜色の光が包んで、もうじきに夜が迫ってくることを告げていた。
世界でふたりだけならよかったね
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