世界は明日、終わるらしい。

テレビから連日聞こえてくるニュース。あまりにも同じことばかり繰り返すものだから、もう電源も切ってしまった。

みーん、みんみん。蝉が鳴く。
空を見上げれば、天の遠いところで白く発光する真夏の太陽が輝いているのが見えた。およそ三十五度を超えるであろう気温はこの国特有の気候も相まって、ひどく蒸し暑かった。制服のシャツが背中に張り付いて、気持ち悪いことこのうえない。だが、これが私の人生最期の夏なのだと思えば、見納めとして(使い方はあってるのだろうか)こうして外に出ているのも悪くないと思った。


がちゃり。


「あ、」
「、」
「みょうじ」


古びた鉄のドアが開いて、屋上へとやって来たのは同じクラスの切島だった。


「どうしたの。こんなところで、珍しいね」
「あ、うん…いや、さ。みょうじは?なんでここにいたんだ?」


長めの黒い髪から覗く目が、不思議そうに私を見遣る。フェンスに身体を預けながら、切島と向かい合った。ぬるい風が頬を撫でていく。


「べっつにー。人生最期の夏でしょ?ここから見る空、好きだからさ。最期の見納め。切島は?」
「そっか。いや俺はさ、別に何があるってわけじゃないんだけど。なんとなく来たくなったから」


みょうじがいるとは思ってなかったけどな。そう言って、切島は八重歯を見せて笑った。


「俺さ」
「うん?」
「ヒーローになりたかったんだ」


ひゅう、と生暖かな風が吹いた。はらはらと舞う髪越しに、切島の方を見る。フェンスに手をかけて眼下に広がる街を見下ろしながら言った切島は、困ったような、どうしようもないような笑みを浮かべていた。


「雄英に行ってさ、ヒーローになる訓練受けて、ヒーローになりたかった。それが俺の夢だった。俺、何度も雄英行くのは諦めようって思ってたんだけど、やっぱ諦めらんなくてさ。…なのに、もう、世界終わっちゃうなんてさ」


笑えるよな。俯いていた顔を上げて、ははっと乾いた笑い方をする。

そんなこと、初めて聞いた。

私はもともと、彼とはそんなには親しくない間柄だった。だから、そんな話をされても正直なんと言っていいのか分からない。何をいっても、私じゃ彼には響かないと思うし、困ってしまった。
そんな私の気持ちを読み取ったかのように、切島はかしゃんとフェンスに背中を預けた。


「いや、ごめんなみょうじ。こんなこと急に話されても、って感じだよな」
「え、う、ううん。いや…、うん。だいじょうぶ」


なにが大丈夫、なんだか、結局そんな返ししかできなかった。

上を見上げると、吸い込まれそうなほど高い空にゆっくりと白い雲が動いていくのが見える。切島は、フェンスから離れてドアへ向かって歩き出した。


「ごめん、みょうじ。一人のとこ邪魔しちゃって。俺もう行くな」
「、あ、」


 そう言ってフェンスから離れて行ってしまう切島。待って、と言おうとしたけど、喉元で言葉が突っかかったような状態になって、何も言えない。階段を下りて行こうとする切島の後ろ姿が、鉄扉の向こうへと消えていこうとした時だった。切島の足がぴたりと止まった。


 「ふっ、…うぅっ、」


 一瞬、なにが起こったのか分からなかった。だけど、切島の肩が震えて、彼の足元にぽたぽたとなにか水滴のようなものが落ちるのが"個性"のおかげで見えた。私は人の何倍も視力が良かった。
 

 (…男の子が泣いてるの、初めて見た)


 まさかこんな時にこの"個性"が役立つとは。頭の隅でそんなことを考えながらも、私に背を向けたまま泣く切島から目が離せなかった。泣く彼を見ながら、この人にはそんなになるまでなりたかったものや、辿り着きたかったものがあったのかと驚く。
 私と切島は、同じクラスだったけどあまり話す方じゃない。切島は、伸ばした地味な色の髪をした、目立たない同級生だ。


 「畜生ッ…ちくしょう…!」


 泣いている切島の背中に、私はなにも言葉をかけることができなかった。
 私には彼の心に触れることができるほどの、彼との関係性もなかったし、彼のような熱い心もなにもなかった。だけど、切島の叶わなかったヒーローになるという夢が、彼のしょっぱい涙と共に流れていくのを、私は覚えていようと思った。空を見上げる。世界の終焉がそこまで迫っている真夏の空は、美しかった。瞼をぎゅっと瞑ったら、今の時間が永遠になる気がした。
いつかの夏の日のこと

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