「あ、」
「お」
ガラリとドアを開けると、誰もいないと思っていた教室に瀬呂がいた。「みょうじじゃん」スマホから顔を上げた瀬呂は不思議そうに首を傾げた。
「まだ帰ってなかったの」
「ちょっと英語でわからないところがあって、図書館で参考書選んでたら遅くなっちゃった」
「あー、もうすぐ期末だもんな」
「瀬呂のほうこそ、ここでなにしてるの?」
「俺は友達待ってんの。多分もうすぐ来ると思うんだけど…」
そう言う瀬呂に「ふぅん」と返して私は自分の鞄を取りに行った。そしてあるものを取り出してから、スマホをいじる瀬呂の近くに寄る。「ねえねえ瀬呂くん」
「なんだよ変な言い方して」
「これ、開けるの手伝ってくれない?」
持っているものを彼の前の前に差し出す。スマホから視線を移して出されたものを見た瀬呂が「えっ」と変な顔になった。そして訝しげに私を見上げて、「これ」
「ピアスじゃん。えっなに、俺が開けんの?」
「手伝ってほしいだけだってば。前から開けようお思ってて、今日とうとう買ったんだけどね。ね、友達来るまでまだ時間あるんでしょ?お願い!」
「えー嫌だよ俺!だって人の耳に穴開けるとかちょっと…。失敗したらお前も痛いだろうし」
「だーいじょうぶだってば!お願い!」
この通り!とぱんと合掌のポーズで頭を下げる。瀬呂ははあとため息をついて、スマホを机に置いた。「わかったよ」
「上手くできなくても責任取れねーからな」
「わーい!ありがと!」
早速、ピアス開けのための準備をする。ドラッグストアで買ってきたセットを開封して、ピアッサーを彼に渡す。瀬呂の硬い表情がちょっと面白い。椅子を移動させてきて向かい合わせに座りながら、髪をあげて「ここにお願いします」と耳を差し出した。
「えっ冷やしたりしないの」
「うん。まあいいかなって。だって正直冷やしたところであんまり変わらないでしょ。たぶん。耳たぶのところに一個ずつお願いします!」
「お前なあ…」
また呆れ顔になった瀬呂は「分かった分かった」と諦めながら自分の椅子も寄せた。
夕暮れの教室に二人分の影が重なる。
「そういえばさ」
「ん?」
「瀬呂って雄英受けるんだよね?」
「あー、うん。みょうじは商業高校だっけ」
「うん。うち、お母さんしかいないからさ、高校出たら働きたいんだあ」
上履きを履いた自分の靴を見下ろしながら言う。
「ちっちゃい頃にお父さんが町中で暴れてたヴィランに巻き込まれて死んじゃったからさ。そのこと思うと、同級生がヒーローになったりするの不思議な感じがするっていうか。もうそんな年になったのかー、とか」
「…」
「ヒーロー、多分大変なこととか一杯あると思うけど…頑張ってね。私応援してるよ」
そう言ってにひひ、と笑うと瀬呂は何とも言えない顔で私を見ていた。「瀬呂?」
瀬呂はちょっと黙ってから、口を開きかけ、また閉じ、それを何度か繰り返した。
「…みょうじさ、」
「うん?」
「…………いや、やっぱいいわ」
「右耳と左耳に、ひとつずつな」そう言って笑った瀬呂に、また背を向けて今度こそ私の耳たぶに触れた彼の指先に神経を研ぎ澄ませる。ぎゅ、と瞑った目。ぱちんッと結構大きな音がして、耳に熱い感触が広がった。思ったよりそれは痛くなくて、瀬呂がさっき私になにを言いかけたのかが気になった。でも左耳にピアッサーをあてた瀬呂はそれ以上なにも言う気配がなかったから、私ももう何も訊かなかった。
ピアスを開けた日
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