その日のお弁当袋には、いつもはないあるものが入っていた。つるりとした肌触りの表皮、ごろりとしたそれは今の季節が旬の柘榴だった。


「わぁ、立派な柘榴だね」


一緒にお弁当を摂っていた渡我さんが、私の手元にあるそれを見て歓声を上げた。彼女はお弁当の中のウインナーをお箸でつまみながら、いいなあと羨ましげに言う。その口調に、よければ一緒に食べようと柘榴を半分に割ろうとした私に、しかし「いいんだよ」と首を振られる。
遠慮がちな仕草に、私は渡すのをやめて柘榴に口をつけた。甘酸っぱい果汁が出てきて、吸い取れなかった分が口の端を伝っていく。


「、ありがとう」


さっとすぐにハンカチを渡してくれた渡我さん。彼女は本当に、よくできた人だ。みんなから好かれるのもうなずける。お礼を言うと、彼女はまたにこりと私に微笑んだ。




▽▽▽


「と、渡我さん…?」

廊下の真ん中で、なにか黒い物体のそばに蹲る人間の姿がある。使われていない教室しかない廊下には電気がついていなくて、窓から漏れる夕陽の色だけがあった。

ぢゅう、ぢゅう。

ジュースを吸い上げているような、だが何か得体の知れない恐ろしい音がする。何より、この辺り一帯に広がる、吐きそうなほど濃い血の匂い。
よく見知った後ろ姿に、いやしかしそんなことはあるはずないだろう、だって、あの、彼女が…。そんな私の思考を肯定するように、物体―男子生徒から顔を上げた渡我さんはにたりと笑みを浮かべた。


「ひッ、」


まるで狂人のような笑い方だった。
唇が引き裂かれるように三日月の形に割れて、そこからぽたぽたと制服を汚す、血。血。頬も口元もべったりと汚れ、恍惚とした笑顔のまま彼女は嬉しそうな声を上げた。


「みょうじさん、久しぶりだねぇ」


私はがたがたと震える足を必死に叱責して、後ずさる。そんな私に、まるで旧い友人に再会したかのように親しげに近づいてきた渡我さんはぎゅう、と手を握ってきた。その動作に、弾かれたように私は「いや!!!」と、その手を叩き落とした。ぱんと乾いた音が廊下に響いて、力を入れすぎたと悟る。
だが、驚いたようにぽかんとした顔になった渡我さんは私に手を叩かれたことなど気にしていないのか、赤い夕焼けの落ちる影の中で、こてんと首を傾げた。


「みょうじさんは―なまえちゃんは、柘榴が好きですか?」

「…は?」
「前、一緒にお昼ご飯を食べたときに入ってましたよね?覚えてるんだ。私も好きなんだよ」

「だって」

「柘榴は、人間の心臓の味がするの」

「齧るとドキドキしちゃうんです。好きな人のも、こんな味がするのかなって」

「でも、」


でもね、


「やっぱり直接、心臓からすった血が一番でした」


そう言って破顔した彼女の顔は、まるで恋する乙女のそれだった。



・・・
・・


「なまえ?」

かけられた声にハッとして、顔を上げる。
不思議そうな顔をして、冷えたグラスからアイスクリームを掬いながら恋人は首を傾げた。彼のグラスにたっぷりと盛り付けられた生クリームがどろりとテーブルの上に落下した。


「どうかした?」
「あ、いや、何もないよ。俊くんのパフェ、美味しそうだなあって」
「柘榴のなんて珍しいよな。君も食べる?」


はい、とクリームを大きく取って差し出してくれる。きらきらと赤い宝石のような柘榴の実が、真っ白な生クリームの中で輝いている。ぱくりと食べると、甘酸っぱい味が口の中いっぱいに広がった。


「美味しい?」
「うん、凄く」


お返しにと自分のシフォンケーキを彼のお皿に乗せながら、私は渡我さんのことを考えた。
かつて一年だけ同じクラスになった渡我さん。廊下であの場面に立ち会ってからすぐ、彼女は行方知れずとなった。彼女が犯した罪もニュースとなって連日報道され、学校の前にもたくさんの報道陣がやって来た。今でも柘榴を見ると思い出す、彼女のことを…。


「行こうか」


渡我さんは、今はどこでなにをしているんだろう?

そう思っても、もはや確かめる術はない。
席を立って、私は恋人と共に店を出た。じりじりと照る夏の太陽。蒸し暑い空気に包まれた摩天楼を、誰か知っているような声に呼ばれたような気がして振り返る。だけど後ろにはただ道を行く人々がいるだけで、そこに彼女はいなかった。もう一度だけ辺りを見渡して、私はそれからもう二度と振り返らなかった。
さようならマイディア、もう二度と会えないよ

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