今日は、私が審神者としての人生を追える最後の日だ。

 昨日のうちに他の刀たちは本霊へと還した。戦争が終結し、私たち人間の世界にはかつての平穏が訪れたが、賑やかだった屋敷の中の静謐さには寂しさも覚えてしまう。たったひとり、ここに残った刀がいる。長船派の、大般若長光という刀の付喪神だ。彼は私が就任してから四年目の秋に顕現し、他の皆と一緒に戦ってくれた。いつの日も共にてくれた皆と同様に、彼も私の大切な刀の一振りだった。私が、自分自身の気持ちに気づくまでは。
 自分が彼に対して抱いている感情が、いわゆる"恋"なのだと気づいたのはいつのころだったろう。ただ、この気持ちに気づいた頃から、私の世界は色を変え始めた。春の花々は艶やかに、梅雨の匂いはアジサイの花びらに落ちて馨しく、夏の太陽は眩しく感じた。それは、いつも彼の傍にいるときにだけ感じることだった。私は大般若長光という刀の神に、恋をしていた。


 「我侭に付き合わせてしまって、すみません」


 ぱしゃ、と音を立てながら水の中を進み、振り返って彼に謝罪する。だが優しいこの刀は「いいよ」と笑って許してくれた。


 「あんたの最後の願いだ、俺に出来ることならなんだって聞いてやるさ」


 その言葉に嬉しくなって、「ありがとう」とまた私は笑った。
 私と同じように海の中にやって来た大般若は、まだ春になったばかりの海の冷たさに驚いたように「まだ結構冷たいんだなぁ」と言った。

 
 「そりゃあ、まだ三月ですから」
 「本当なら、夏に来た方がいいんだろうが」
 「まあ、そうですね。だけど、来ることができたから。私は満足です」
 

 頬を撫でていく穏やかな風が、涼しくて気持ちいい。数年ぶりに着た真っ白なワンピースは、着物を着ることになれた私にとって特別な洋服だった。特別な服だから、今日この日になるまで一度も袖を通さなかった。

 ぱしゃ、を脚で蹴る。


 「私、あなたのことが好きでしたよ」


 生まれて初めての告白が、まさか人間でないとは思っていなかった。実ることなく終わるこの恋なのに、口にした言葉は思っていたよりも悲しいものではなく、青い海と空の中に清々しく響いた。


 「私、現世に帰ったとしてもきっと今日のこと忘れないと思います。誰か、別の人を好きになったとしても。審神者じゃない別な生き方をしたとしても。ずっと」
 

 私がそう言うと、大般若はそっと優しい手つきで頬にかかった髪をよけてくれた。ずっと高い所にある彼の顔の、切れ長の目が優しく細められる。


 「俺も、あんたのことは大切だったよ」
 「うん」
 「きっと忘れることはないよ」
 「ありがとう」


 「ねぇ、最後に」と首を傾げる。どこからかやって来た海鳥が、ぴぃと鳴きながら優雅な弧を描き、海の上を渡ってゆく。


 「名前を呼んで。私の名前を」



 そうすると、彼は小さく「なまえ」と呼んでくれた。「あんたに似合う、良い名前だな」と目を細めて笑った大般若のことを、私はずっと覚えていようと思った。いつか今日の日のことを懐かしく思い出すときの為に。幸せな終わりを迎えられて良かった。知らず知らずのうちに微笑みを返していた私の頬を、また風が優しく撫でていった。
晴れの海にて
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