私の祖父は、政府直属の研究者だった。

 数百年前、この国は"歴史修正主義者"と名乗る者たちに、その歴史を変えられそうになっていたらしい。塗り替えられる未来と過去。それに対抗するために、全国から審神者たちが集められ、戦争に従事した。彼らの功績のおかげで、何十年にも及ぶ戦いは幕を閉じ、この国には平和が訪れた。歴史修正主義者たちと戦っていた"刀剣男士"と呼ばれる刀の付喪神がひとの容に受肉したものは、戦いの後はそれぞれの本霊に還っていったのだった。しかし、例外があった。


 「膝丸、というんだよ。源氏の宝だった刀だ」


 幼いころ、祖父の研究室へ訪れた私が見たものは、ドームの中で液体付けになっているひとりの美しい青年だった。


 「死んでいるわけではない。彼らに"死"という概念はないからね」
 「お話したりしないの?」
 「しないな。彼は元の主ー私たちの祖先のひとりの審神者が本丸を解体したあとにも、本霊に還らずに眠りについたんだ。まるで人間が夜に眠るみたいにね。そして、起きなくなった」


 祖父は普段は製薬の研究をしていたのだが、その傍らでこの刀剣男士の様子を観察することも仕事だったらしい。祖父は、まあ、毎日代わり映えしないのだけどね。と苦笑した。


 「でも、私はね、なまえ。いつか彼が起きるのではないかと思っているんだよ」


 そう言う祖父の口調は、どこか夢見る少年のようなものだった。今思うと、祖父は研究者としてこの美しい刀の神が目覚める瞬間に立ち会ってみたかったのだろう。だが、今の私からすれば、もはや戦う場所も顕現された意味も失ってしまったのに、目覚めてどうなるんだろうとも思う。


 「なまえ。お前には父さん母さんがいないだろう?だから、私が死ねば主としての権限はなまえに回ってくるんだよ」


 祖父は私を抱き上げ、ドームへと近づけた。ゆらゆらと揺らめく青みを帯びた水の中で眠る膝丸は、美しかった。長い睫毛に白い肌、整った鼻梁は子供だった私にでも"うつくしい"ものなのだと分かった。


 「いつか、目を覚ますといいね」


 なにも分からないままそう言った子供の私に、「そうだね」と祖父は皺の刻まれた目元を下げて笑ったのだった。


 そして、先月。
 その祖父は亡くなった。


 「…」


 祖父の遺品は私が相続することになり、彼の引き出しから開けた研究室のコードは状態がよかった。つるりと無機質なそれを開けて入った数年ぶりの研究室。きれいに整頓された部屋の奥に、彼はいた。


 「こんにちは、膝丸」


 ドーム越しの彼に向って挨拶をする。だが彼はなにも答えない。膝丸は、記憶の中と同じく美しいままだった。睫毛も鼻の先も、髪の毛一筋にいたるまで、昔のまま。


 「今日から私が、あなたの持ち主です」


 いつか、彼がこの長い眠りから醒めたらなにを話すのだろう。どのような声なのだろう。だけれどきっと、美しいのだろう。だって彼はこんなに、綺麗なのだから。
 未来の恋人を想うにも似たような気持ちで、私はそっとドームに頬を寄せてみた。ひんやりとしたガラスの向こうで、小さな泡が生まれては消えていく。それは、彼の胸の奥に眠る心臓が、しずかに脈打っているようにも聴こえた。
アウトオブエデン
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