09




雄英高校への入学をしてから1週間も経たないある日にあいつは俺の前に急に現れた。いや、正確に言うと俺の前に蛍のように淡い光を放つ小さな光が1つ出現したかと思えばどこからともなく数を増やしながら現れた。その光が人の形を成し集合した光の下に両手を出せば、一瞬光が強く光り両腕に人の重さを感じた。

…誰だコイツ。

俺の腕の中には知らない女がいた。

冬美姉さん曰く、あいつはアニメの中からやってきたらしく姉さんのテンションが見たこともない程上がっていた。姉さん以外が信じなかったが、魔法やら、本やらを見せられ信じざるをえなかった。かと思えばクソ親父があいつを気に入って俺の婚約者にするとか巫山戯た事をぬかした。
一時の感情で柚華さんに当たってしまったが、あいつは俺の感情を見透かしていたようで笑っていた。
それからあいつはこの家の家事を担当するようになり冬美姉さんが喜んでいた。やっぱりこの広すぎる家の事をするのは大変だったんだろう。

あいつの買い物に付き合う事になったが、待ち合わせ場所をこちらの都合で学校にしたが、問題ない。と笑っていた。待ち合わせ時間になって意味がわかった。俺の肩に見た事もない鳥が止まった。重さのないその鳥は恐らくあいつが飛ばした鳥なんだろう。もうすぐ来るのかと思い待っていると、空からあいつが現れた。昨日も思ったが魔法って何でも有りなんだろうか。

ショッピングモールに着いたが俺はここに来るのが初めてだから案内などは出来ない。さて、どうするかと周りを見渡すと蕎麦屋が目に入った。

そう言えば昼食ってねえな。

どこかに行っていた柚華さんが帰ってくると昼飯を食う流れになり蕎麦屋に入った。あいつは当たり障りのない事を聞いてきた。気にならないのだろうか、あの家に母親と呼ばれる女の人がいないこと、俺が親父に強烈な対抗心を抱いていること、俺のこの火傷痕のこと。…聞かれたら話すのかと言われれば話さないのだが。
何を買うとかは予め決めていたようで時間をかけずに買い物が終わった。女の買い物って長いと聞いていたが、そうでもなかった。
帰る途中で気がついたが、あいつは、柚華さんは俺に歩み寄ろうとしてくていたんだと。だから俺の聞かれたくない事を聞かないようにしてくれたんだろう。けど、クソ親父が言ったような関係になりたいとは思えない。俺の目指す先に色恋は関係ない、邪魔なものだ。
なんでそんな俺の処にあいつは来たのだろうか。聞いても明確な答えは返って来ないことはわかっていたが聞かずにはいられなかった。そして、あいつに感謝の気持ちを伝えようとしたがなんて言葉にしたらいいのか分からず、なにも言えなくなった。それでもあいつは俺と仲良くしたい。と言ってくれた。少しだけ気持ちが浮ついた。

いつも通りの生活を送っていたある日のヒーロー学でUSJに行った時に“敵(ヴィラン)連合”を名乗る敵連中がオールマイトを殺害しようと愚かにも校内に侵入してきたがオールマイトが脳無を無力化し、プロヒーローである先生方が到着したことにより事なきをえた。が、ドーム内で屋根スレスレで翔ぶ柚華さんを見つけてしまった為に内心溜息を吐く。
クラスの輪から外れて降りてこれるように一人になろうとすると、切島に話しかけられて戻らざるをえなくなり柚華さんの方を見るとあからさまにショックを受けた顔をしたが、プレゼント・マイクを見つけ先生の後ろに降りた。

どういう事だよ。なんでその先生の事を知っているんだよ。なんでそいつの後ろで安心して笑ってるんだよ。

ぐちゃぐちゃしたどす黒いもんが一瞬で心の中を支配した。俺はこんな感情を知らない。
話しかけようにも警察の誘導で教室に戻る為、バスを待つためにドームの外に集合することになった。数分もしない内に柚華さんが外にやってきた。それを見た生徒があいつに群がるように集まった。困っているあいつと目が合い、何とかしてやろうとするが先生の一喝で皆バスに乗り込み教室に帰っていった。あいつは見えなくなるまで手を振っていた。

お人好しの奴め。
あの時、クラス連中に囲まれた時に俺を頼ろうとしていたのだろうか。とくだらない事を考えていたらいつの間にかどす黒いもんはなくなっていた。

なんで雄英に来たかは知らないが、馬鹿みたいに広い校内だ。もしかしたら帰り道が分からねぇんじゃないかと思い校門で待っているとやっぱり分かっていなかったようで、蝶が俺の肩に止まった。やはり重さを感じないそれはあいつの魔法なのだろう。足音がしたからあいつが来たのかと思って中を覗くと、あいつは恐る恐ると片足を校門のセンサー下の地面につけていた。子犬みたいにビクビクしていたそいつに思わず笑ってしまった。
帰り道に何故雄英にいたのかを聞くと経緯を掻い摘んで話してくれた。その中で無個性だったことを知るが、こいつにはなんの障害にはならねぇだろうなと、ぼんやり考えていたが、柚華さんは敵連合の事が気になったようでいくつか質問をしてきたが俺に答える気がないのがわかったのかそれ以上何も聞くことはなかった。柚華さんに関係ねえことだし、巻き込みたくない。と何故かそう思った。

家に帰ると誰も帰ってきてなかった。あいつはそそくさと部屋に行き、俺もそれについて行った。部屋に入って制服を脱ぎ、動きやすい服装に着替え、あいつがいるであろう台所に向かった。どうしようもなく肉が食いたい。
あいつに料理を頼んだが、俺の都合で手間をかけさせてしまう事になり、何か手伝おうとしたら柚華さんに疲れているだろうから。と遠慮されたが食後にトレーニングをするからと伝えるとすごい顔をしながらスペースを開けてくれたので隣に並んだ。

「そしたらこの野菜を乱切りにしてもらってもいいですか?」
「わかった」

が、まともに包丁を握ったのは数年ぶりでどうしたらいいのか分からない。それを見た柚華さんは適当な切り方でいいんですよ。と言ったからダンと包丁を野菜に向けて落とすと隣で柚華さんの肩が跳ねた。気にせずガツガツ切っていくと柚華さんに止められた。

適当でいいって言っただろうが。

猫の手も知らないんですか。と怒り出す柚華さんに台所から追い出されてリビングのソファに座る。

猫の手って何だ。

夕飯を食べ終えゆっくりしていると玄関の戸が鳴った。クソ親父が食卓に来る前に道場に行き鍛錬するが道場にはいい思い出がない為に長時間居たくなく、結局外で鍛錬することにした。1時間くらい鍛錬していると柚華さんがやってきた。クソ親父に言われたことを伝えに来たらしい。

次の日からあいつが俺の練習相手になった。が、初日に親父が余計な事を吐かしたがやっぱりあいつはなにも聞かなかった。俺が話したくないなら話さなくてもいいと言った。いつからかあいつの傍にいることに抵抗がなくなった。それどころか心地いいとすら思うようになった。俺にはいらねぇこの感情に腹が立つ。
体術のみの訓練をする事にした。こいつに俺の個性を出来るなら見せたくはねぇ。俺の中にアイツの血が流れているなんて認めたくもねぇ。
近接戦補強だろうカードを使ったあいつは予想よりも圧倒的に強くて最後は俺が力押しして勝ったようなもんだった。俺の下で組みひかれて尚笑う姿に褒められた時の嬉しそうに笑う顔に心臓が大きく高鳴った。

柚華さんと組手をするようになって何日か経ったある日、道場の縁側に腰掛け月を見ていた。ほんの気まぐれで眺めていたら、何て言ったのかもう忘れてしまった母の事を思い出した。だけどやっぱりあの言葉の続きを思い出せなかった。それが悔しくて、やるせなくて、悲しかった。
柚華さんに将来の夢を聞かれても答えられなかった。いや、俺の生きる目的を言葉にしたが、それは夢じゃないと一蹴されてしまった。
何をわかったように言うんだ。何も知らねぇくせに、腹が立つ。発した声は低くて明らかに怒りを含んでいた。

・・・・・・違う。俺が何もこいつに教えてないだけだ。

こいつの言葉に甘えて何も伝えていないのは俺だ。こいつは俺に歩み寄ろうとしてくれてるのに。
その事に気づき目を合わせられず、俯くと頬が柚華さんの両手に挟まれる。今は触れて欲しくなくて手を剥がそうと手を上げると目の前の彼女が叫んだ。

「確かに何も知らないです。でもそんな顔して語る夢は夢なんかじゃありません!!」

頬を触る手が震えていて、俺が怖い思いをさせてしまったのだと後悔したと同時に、それでも俺に真っ直ぐに向かってくる姿に胸が締め付けられる。
俺の体温よりも高いその両手が愛おしくて、触ってしまったら壊れてしまいそうで、でも触りたくてゆっくりと、壊してしまわないように空中に浮かせたままの手で触った。目の前にいるのは柚華さんなのに、母の残像がちらつき目を伏せた。すると頬に当ててた手を離し俺の頭を抱えるように引き寄せ抱きしめた。何度も頭を撫でる手に安心と懐かしさを覚えた。伝わってくる熱は母とは違う暖かさだったが、柄にもなく泣きたくなった。

抱き締めてぇ。

だけど抱きしめたらきっと俺は後戻り出来なくなる。この感情に名前をつけてしまいたくない。今は何も考えずにこの温もりに浸っていたい。
柚華さんは何度も撫でながら、いつか夢を聞かせて欲しいと言った。その言葉を聞いて微睡みの中意識を手放した。

記憶の中の母はいつも泣いていた。それは夢でも同じで母はまだ幼い俺を抱きしめ泣いていた。

ごめん。お母さんごめん。

俺がどんなに謝っても母は泣き止む事がなかった。それが俺を苦しめる。色んな感情がごった煮になり気持ちが悪くなる。俺が何を言ってもお母さんには届かない。火傷跡に手を当てひたすらに謝る。そんな俺に頭を撫でられる感覚がした。ゆっくりと撫でられるその手は、もう忘れてしまった母の温もりを彷彿とさせ、同時に柚華さんの温もりを感じさせた。

「大丈夫だよ」

何が大丈夫なんだとは言えなかった。大丈夫だと優しく紡がれる言葉が気持ち悪さを軽くしてくれた。幼い俺を抱きしめる母はもう泣いていなかった。

「いいのよ…お前は…」

それでもこの言葉の続きを思い出せなかった。


朝、目が覚めると見慣れた天井と少し違った天井が目に入った。体を起こし、周りを見渡すと見慣れない部屋に見慣れた女の人がすぐ横に敷かれた布団で気持ちよさそうに寝ていた。

ここは柚華さんの部屋なのか。何故ここにいるんだ。

いくら待っても全てを知っているこいつは気持ちよさそうに寝ていて答えなんて返ってこない。
ふと、布団から覗く白い手に視線がいった。こいつの手はこんなに小さかったのかと初めて知った。無意識に手がそこにいき、ハッとして手を引っ込める。俺は何をしようとしたんだ。気持ちを落ち着かせようと周りを見るが落ち着かず、もう1度手を見る。家族でもない異性の部屋に入るのは初めてだ。落ち着くはずがない。
心地良い声を潜めた笑い声が聞こえ、横を見ると少し眠たそうだったが意識は覚醒していた。俺はなんでここに居るのか。と聞くと分かり易く説明してくれた。次があって欲しくはないが、次そんな事があったら遠慮なく起こせと注意したが、恐らくこいつはまた自分の部屋に入れるのだろう。確信できて無意識に溜息が出た。すると柚華さんの小さい両手が俺の頬を挟み無理やり柚華さんの方を向かせた。あまりの近さ驚くと同時に顔が熱くなる。
柚華さんは安心したようにホッと息を吐き、俺と目が合い顔を真っ赤にさせていた。恥ずかしくなり、挟んでいる手を弾くと悲しそうな顔をしたので咄嗟に謝った。
一瞬嫌な考えが頭をよぎった。
こいつは俺以外にもこんな事をするのだろうか。気安く部屋に入れるのだろうか。
いつかの様なぐちゃぐちゃしたどす黒いもんが胸の奥を支配していく。イラつきをぶつけてしまう。

俺だけなら良いのに。俺だからだったら良いのに。

「焦凍くんだからですよ」

幻聴かと思った。そんな都合よくこいつから返事が来るとは思わなかった。思考より感情は素直なようで口角が上がる。それを隠すために片手で口を隠し顔を逸らすが、柚華さんはまた近づいてきた。先程弾いた理由がわかってないようで、遠慮なく近づいて来る柚華さんの肩を余っている手で押す。すると大人しく元の位置に戻ってくれたが、風邪ではないかと見当違いな心配をしてた。先に居間に行ってもらい赤くなっているであろう頬の熱を冷ますために、今日の体育祭の事を考える事にした。

「絶対にお母さんの個性だけで一番になる」

昨日の柚華さんが叫んだ言葉を思い出した。俺はどんな顔をしていたんだろうか。クソ親父を完全否定する事は夢ではないのか。

いや、今はそんな事を考える時ではない。

オールマイトに気にかけられている緑谷を超える事でまずは親父を否定する。それが今日俺がやるべき事だ。忌々しいアイツの個性は攻撃においては絶対に使わない。それがてめぇの制約だ。

俺は体育祭に向けて慣れない部屋から出た。

部屋を出て階段を降りるとクソ親父に声をかけられた。

「おい。今日の体育祭柚華と見に行く。見っともない結果を残すんじゃないぞ」
「わかってる」

それだけ言うとあいつは台所にいるであろう柚華さんのところに行った。朝からアイツに会うなんて胸糞わりぃ。
お母さんの個性だけで一番になることで、あいつを完全否定してやる。

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