102




今日は土曜日。焦凍くんたちの仮免補講は今週は無しとの事で、1A全員が揃って練習することが出来る。午後から各々練習している最中に思わぬ来客者が寮にやって来た。

「エリちゃん!」
「え?!何なに先輩の子ども…!?」

可愛い服を着た女の子が不安気な表情をし、デクさんと小さな声で緑谷くんの名前を呼ぶが、周りの人たちに見られるのが恥ずかしいみたいで通形さんの後ろに隠れつつも軽く頭を下げる。何というか…あの子に似ている気がする。見た目というよりは雰囲気…?うーん…。なんでだろうか。

「吃驚してパニック起こさないよう1度来て慣れておこうって事だ」

話が読めないが多分学校祭にエリちゃんも来るから、その為に慣れておこうって事だろう。私は通形さんの後ろに隠れてしまったエリちゃんの前にしゃがみ、安心してもらえるように笑って片手を差し出す。

「こんにちは。私佐倉柚華って言うのよろしくね」
「……エリです」

エリちゃんが私よりも小さな手を差し出し、私の手を握った。緩く握手を交わしていると切島くんたち演出隊の人達がやってきて、緑谷くんが通形さんにエリちゃんと一緒に学校を見て回らないかと誘われたこともあり、休憩を取ることにことにした。私は他のクラスが何をやっているのかが気になって1人で校内を回る事にした。屋台を出すクラスやお化け屋敷をやるクラスと色々の出し物があって準備中の様子を見ているだけでも本番が楽しみになってくる。

校内をざっくり見て回り休憩時間も終わる頃だと思い寮に向かって歩いていると、近藤くんが歩いてきていた。私は気まずくなる前に隠れようとするが、それよりも先に近藤くんが私を見つけてしまい結局私は軽く頭を下げた。

「…佐倉…さん」
「えっと、こんにちは」

気まずすぎる。告白した人と告白された人。なんでこのタイミングで会ってしまったんだろうか。会話なんて生まれないしなんなら目を合わせる事すら気まずくてできない。だからって言って立ち止まってしまったから歩き出すことも何故か憚られる。好きだって言われている所為もあって緊張でなんだか頬が熱い。

…ん?好きだって言われて私返事しないといけないんだよね?

「私、あのっ!」
「あんたさ、ミスコン出んのか?」
「へ?ミスコン?…何それ」

近藤くんと話すタイミングが被ってしまい、話さないといけない事が遮られ挙句聞き慣れない単語が出たことに首を傾げて近藤くんを見上げると、彼は片手を首の後ろに回して目線を顔ごと私から逸らす。いきなり目を逸らされた事にまた首を傾げつつもミスコンなんて催しがあるのか。なんて納得していると近藤くんがもう1度私と目を合わせる。

「出ないんだな」
「うん…今初めて聞いたよ」
「は?有名だろ。あのサポート科の3年とか」

多分相澤先生が知らせる必要はないって判断して1Aには教えなかったんだろうなぁ。相澤先生らしいと苦笑いしていると近藤くんが、あっそう。と自分だけ納得して私の横を通り過ぎた。なんでミスコンに出るかなんて聞かれたんだろうかと疑問に思いながらも寮に戻り、学校案内をしている緑谷くんを抜かしたダンス隊の皆とダンスの練習をした。

衣装選びにも余念がなく、既製品にさらに手を付け加え一点物にした。何かに集中していると忘れられるんだけど、ソレが終わると不意に思い出してしまう。告白の答えはもう決まってる。それなのに悩むのは近藤くんが答えを求めてないように見えるから。それなのに私から呼び出したら傷つけてしまうかもしれない。

「どうしたらいいんだろう…」
「なにがー?」

文化祭目前。1人教室に残り悩んでいる私の独り言は空間に消えていくはずだったのだが、真後ろから聞こえてきた声に驚き身体が硬直した。

後ろを振り向くと女子の制服があるだけで顔が見えない。という事は1人しか思い浮かばない。

「透ちゃんかー…吃驚しちゃった」
「ごめんねー!それより悩み事?私お話聞くよ!」
「…聞いてもらおうかな!」

透ちゃんは私の前の席に座る砂藤くんの椅子を借りて、対面するように座り、私はここ最近の悩みである近藤くんのことについて包み隠さず相談した。

「告白の返事をするかしないかで迷ってるんだよね?」
「うん…向こうも返事が欲しいのかわからないし」

うーん。と悩んでいると衣擦れの音が微かにして、右袖の中が私の視界に入る。多分きっと透ちゃんは右手を伸ばして私を指さしているのだろう。

「返事をしないと柚華ちゃんも近藤くんも前に進めないよ!」
「前に…?」
「うん!近藤くんを傷付けちゃうかもだけど、それでも今の現状よりはいいと思う!」

なるほど。と嫌味なほど何にも引っかかることなく胸に落ちた。私は今の彼のことしか考えられなかったけど、透ちゃんはさらに少し先の彼のことを考えているんだ。

「ありがとう」
「お礼は轟くんにも言ってあげて!心配してたから」

意外な人物の名前が透ちゃんから出てきて、私はは首を傾げる。

「焦凍くん?」
「“俺に何も言って来ないのは俺には相談出来ねぇ事なんだろう”からって!愛されてるね!」

確かに最初っから焦凍くんに相談するって頭はなかった。というか積極的に除外したような気がする。
でも、なんだろうか。今の透ちゃんの言葉を言った焦凍くんの表情を想像すると、どれも切なかったり寂しそうで胸が痛む。

「焦凍くんに会ってくる!」
「轟くん確か演出隊と寮で打ち合わせって言ってたよ」
「透ちゃん!色々とありがとう!」

また後で!と言って立ち上がり、私は教室を後にした。勿論ダンス隊の衣装は鞄に詰めてある。
連絡アプリを起動させ焦凍くんの名前をタップしてメッセージじゃなくて通話を選択する。数回の呼び出し音の後に耳元に焦凍くんの声が聞こえた。

「焦凍くん」
「“どうかしたのか?”」

電話をしたは良いものの、そこから先の事は何も考えてなかった。打ち合わせをしてる中投げ出して会いに来てとも言えない。だけど、この気持ちは直接言いたい。

「“…柚華さん?”」

無言のままの私をどう思ったのか焦凍くんが私の名前を呼ぶ。
自分から電話をかけたくせに要件すら話さないなんてタチの悪いことこの上ない。

「“今どこにいるんだ?”」
「あ、えっと学校の玄関…」
「“そっちに行くから待ってろ”」

そう言って電話が切れた。
騒がしい玄関ホールが一気に耳に入らなくなり、聞こえるのは騒がしい自分の心音だけ。

あぁ、はやく会いたい。

私は、待っていろ。という言葉を振り切って寮に向かって駆け出す。

文化祭本番まであと数日。
私と焦凍くんが会うまであと数分。

- 103 -
(Top)