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15分のチーム決めが終わり、開始の合図が鳴った。途中、焦凍くんが炎司さんを凄い睨みつけてきたが、睨まれた本人はやっぱり特に気に止めることもなくいつものムスッとした表情のままだった。
開始直後、やっぱり緑谷くんのチームに皆一斉に飛び出していく。今だに緑谷くんの個性がわからない中、同じクラスの人以外どう対処していくのだろう。と思っていると緑谷くんの騎馬が飛んで色んなチームを飛び越えていく。凄いなと感心していたが、隣の炎司さんは息子にしか興味がないようで焦凍くんの事ばかり見ている。

どれだけ不器用なのこの人。

焦凍くんの騎馬はお腹から大砲を出していた女の子と放電していた男の子が後ろ騎馬で、前騎馬には眼鏡の男の子を従えていた。支えてくれる人達の手が汚れないようにとちゃんと靴を脱いでいるあたり気配りの出来る人だ。焦凍くんは攻めてくる騎馬を迎撃しては虎視眈眈と緑谷くんの騎馬を狙っていた。
そんな緑谷くんチームはトラブルがあったのか女の子の足に装着している装備から煙を出しながら高く飛び上がっていた。大丈夫なんだろうかと心配していると障害物競走3位の爆豪くんが爆発させながら緑谷くんに近づき爆破させようとした。だけどお腹から黒い影を出す鳥顔の男の子の個性によって阻止されそのまま地面な向かって落ちていってしまった。

騎馬戦って地面に足ついたらアウトなんだよね?

そんな心配をよそに爆豪くんは騎馬の人の個性で体をテープか何かで巻き取られ回収された。あんなのも有りなのか、と思ったのは私だけではないようで主審ミッドナイトさんが声を高らかに審判を下した。

「テクニカルだから有りよ!落ちてたらアウトだったけど」

この世界の騎馬戦ってみんなこんな感じなのかな。それとも雄英が特殊なだけ?

「フン、流石雄英だな」

私が首を傾げていると炎司さんは鼻で笑い、一言呟いた。私の事で笑ったのかと思い直ぐに隣に目をやったが炎司さんは焦凍くんだけを見ていたようで私のことなんて眼中になかった。

「なにがですか?」
「ヒーローになった時の事を見据えて訓練している。という事だ」
「ヒーローになった時の事…」

どうゆう事なんだろう。障害物競走や騎馬戦が将来ヒーローになった時の事を見据えてるってなんでそんなことが言えるのだろう。

「ヒーローは今や人気職業だ。そして給料は歩合制だ」
「あぁ、だから他の人を蹴落としてでも活躍しなきゃ生活ができなくなってしまうって事ですね」
「あぁ」
「騎馬戦は…」
「個性上の問題で他事務所と即席でチームを組まなきゃならん時もある」
「自身の勝利がチームの勝利に繋がるって事ですね」

なるほどよく考えられている。体育祭と謳っていながら事実大掛かりな訓練って訳なのか。流石名門校。

「気づかれてんじゃねぇか」

炎司さんの言葉で焦凍くんのチームを見た。氷で緑谷くんの逃げる範囲を狭くして対立していた。焦凍くんが1歩前に出ると緑谷くんは左にずれ、距離をあける。
左の炎は使わないそれは同じクラスなのだから知られているのだろう。だから左にズレる、すると焦凍くんが個性を使用したら自身の騎馬の先頭の子にぶつかり凍らせてしまうことになる。

そのまま上手いこと逃げ続け10分が経過した。
残り数分このまま1000万ポイントを保持したまま逃げ切れるんじゃないか。そう思った時だった。

「えっ、なに…今の…」

焦凍くんの前騎馬の眼鏡の人が一瞬で緑谷くんに近づき、それに合わせて焦凍くんが鉢巻を取った。瞬きをしていたら見逃してしまうかもしれない程の刹那的な出来事だった。
両チーム呆然としていたが緑谷くんチームが先に立ち直り焦凍くんチームに取られた鉢巻を取り返そうとする。彼らは他のチームの鉢巻を取ってない。つまり今は0ポイントだ。上位4チームだけが決勝に行けると実況でプレゼント・マイクさんが言っていたから、今の緑谷くんチームは圏外。
緑谷くんは右腕を上げながら焦凍くんに迫る。咄嗟に焦凍くんが左腕で鉢巻を庇おうと腕を上げ炎を少しだけ出したが、緑谷くんが焦凍くんの腕を退かすために空を割いた。その風圧で炎は消えてしまったが、確かに一瞬炎が彼の腕から出ていた。

焦凍くんが炎を出したっ!

私も驚いたが、出した本人が1番驚いたようで自身の腕を見た隙に緑谷くんに1番上の鉢巻を取られていた。だけど緑谷くんが取った鉢巻は目当てのものじゃなかったのか、また焦凍くんチームに向かって走り出した。すると両チームを囲っていた氷の壁に穴が開き、そこから生徒1人が飛び出して来て、三つ巴状態になろうとしていたその瞬間無情にもタイムアップの音がなり試合終了となった。

今日初めて彼が個性を使ってるところを見た。家で一緒に訓練してても組手ばかりで、私に個性を見られたないのだと思っていたから今まで何も言えなかった。

よかった。今日ここに来れて、焦凍くんの事1つ知れてよかった。

隣にいる炎司さんはそう思わなかったようで、焦凍の奴。悪態をついていた。その事に苦笑いをしていると上位4チームが決定してプレゼント・マイクさんがお知らせしていた。

「これで決勝に進む上位4チームが出揃ったァ!1位轟チーム!2位爆豪チーム!3位鉄哲って心操チーム?!お前らいつの間に入れ替わってたんだよ!最後は4位緑谷チーム!決勝はお昼を挟んでレクリエーションの次に行われるぜ!そんじゃお昼だ解散!……おいイレイザーヘッド飯行こうぜ」
「…寝る」

緑谷くんは自分が決勝に進めるとは思ってなかったのか膝から崩れ落ち噴水の如く号泣していた。見ているこっちがほっこりするような光景だった。

「お昼はどうしましょうか」
「弁当があるだろ」
「…どこで食べましょうか」

前々から焦凍くんってたまに天然なのかもしれないって思う時があったけど、もしかしたら炎司さん譲りなのかもしれない。本人に言うと絶対に怒るだろうから言わないけど。

「俺は学校関係者と話があるからそちらに行く。お前はお前で好きな場所で食べていろ」
「あ、はい」

そう言うと炎司さんは私を置いてどこかに行ってしまった。炎司さんの分のお弁当も作ってはいたんだが、俺の分も作れとは言っていなかったなと思い出した。

さて、どうしたものかとここに知り合いなんていないし、地形もよくわかってない。焦凍くんとお昼を一緒にしようと思い、人気の少ない場所でハンカチを取り出しいつもの呪文を唱えた。

「我を彼の人のもとへ案内せよ。名は轟焦凍」

ハンカチは蝶になり飛んでいった。

よし。近い。

蝶が進んでいく方に歩いていくとどんどん人気のない所に案内される。本当にこんな所にいるんだろうかと疑う程薄暗い所を蝶が飛んで行く。この蝶の案内は絶対にあっているから疑う余地もないのだけれど。

暫く真っ直ぐ飛んでいた蝶はゆっくりと進路を右に曲がった。漸く薄暗い場所から日当たりのいい所に出るのかと思い安心しながら柱に寄りかかっている生徒の前を通り過ぎようとしたら、その生徒に口元を塞がれ、お腹に手を回され引き寄せられた。

え?!何事なの?!

兎に角抵抗しようともがいていると、頭上からイラついた低い声がした。

「モブが黙ってろ」
「んーん!」

いきなり捕まえておいてモブ呼ばわりとは何事だと無理矢理顔を上に向け男子生徒の顔を見るとパチリと目が合った。

納得。さっきの暴言に納得だよ。
障害物競走といい、騎馬戦といい、すごい怖い顔して怒鳴りながら爆破で飛んでいた爆豪くんだよ。もう納得だよ。

きっと私の表情は全てを悟りきったような顔をしていたんじゃないかと思う。

私は彼の腕の中で大人しくしている事にした。彼はフンと鼻を鳴らし柱の向こうに注意を向けた。つられて私も聞き耳を立てると焦凍くんの声が聞こえた。

「ざっと話したが俺がお前に突っかかるのはそーゆー理由だ」

誰かに向かって話しているらしいが相手からの返事がない。電話って訳では無いだろうし。

「悪ぃ、時間取らせたな」

誰かが歩き出したようだ。そう言えば焦凍くんがここにいるって事はあの蝶はもう彼の肩にでも留まってしまっているんだろう。どうしよう。

「待って!僕もヒーローになりたいんだ!だから!改めて宣戦布告するよ!僕は君に勝つ!」
「あぁ」
「あと、肩に蝶々?が…」

話し相手は緑谷くんだったのか。そして彼のお陰で私が近くに来ている事がバレてしまった。

私は遠慮なく爆豪くんの腕の中で項垂れた。聞き耳してたことがバレてしまった。どう言い訳しようかと悩んでる暇もなく焦凍くんに話しかけられた。

「…柚華さん。いるんだろ。出てこいよ」

私はお腹に回っている爆豪くんの腕をぽんぽんと2回叩くと彼は大人しく口元にあった手と一緒に拘束を解いた。私は大人しく柱の影から姿を出して彼らの方を見た。どんな表情をしたらいいのかわからないから取り繕ったような笑顔を浮かべると2人はそれぞれ違った反応を見せた。

「あ!君はUSJの時の!え?て言うか轟君と知り合いだったの?!」
「どこから聞いていた」
「あー、その説はどうも、緑谷くん。怪我は治った?それと、私はつい先程来たばかりなので緑谷くんが宣戦布告したところしか知りません。男の友情ですか?」
「あぁのっ!あの時の花束ありがとうございました!リカバリーガールの言っていた事って本当なんですか?でもそうするとあの花束はマジックか何かって事になるが何もない空中から出てくるのを少なくとも僕は見た。それは現代科学ではありえない事だ。それに……」

緑谷くんはぶつぶつと自身の考えを呟き始めた。その呟きを無視して焦凍くんに近づくべく歩き出すと爆豪くんも何処かに歩き出したようだ。
焦凍くんの隣に並び緑谷くんを見ているとまだ呟いていて、誰かが止めないと止まりそうになかった。

「緑谷くん?大丈夫?」
「はっ!だ、大丈夫です!」

緑谷くんの前に立ち下から見上げるように屈み、顔の前で手を振ると意識が戻ってきたようで、ハッとすると今度は顔を赤くさせていた。

「よかった」
「行くぞ」
「あ、はい」

コロコロ変わる緑谷くんの表情を眺めていると焦凍くんから声がかかり緑谷くんに手を振って別れを告げた。小走りで歩き出している焦凍くんに近づくと少し怖い顔をしていた。何かあったんだろうか。緑谷くんに突っかかる理由が彼にこんな顔をさせているのだろうか。

「で、なんで俺のところに来た」
「あー、お昼を一緒に食べませんかってお誘いをしようと思いまして」
「…弁当あんのか」

隣を歩く焦凍くんからハンカチを受け取り、彼にお弁当の入った手提げを見せると、焦凍くんは立ち止まり頷いた。

「どこがいい場所ありますか?」
「…あの辺はどうだ」

焦凍くんが指さした所は大きな木の下で、木漏れ日が差し込んでいて、とても気持ちよさそうな所だった。元々、この辺に人気がない事もあって落ち着いた静かな場所だった。

「いいですね。そこにしましょう」

木の下の草の上に2人並んで腰を下ろし、お弁当の蓋を開けた。大きめのお弁当におかずを詰めておにぎりを数個用意したので、食べ盛りの焦凍くんの胃袋も満足するだろう。

「いただきます」
「いただきます」

いつもの様に両手を合わせて挨拶をする。2人の間に置いたお弁当の中身がなくなっていくのが嬉しい。会話もなしで黙々と食べていく焦凍くんを見ていたら、視線に気づいた焦凍くんが気まずそうに私を見た。

「食いづらい」
「ごめんなさい。お弁当美味しいですか」
「ん、美味い」

前なら決して美味しいなんて言ってもらえなかっただろう。今こうして言ってもらえるって事は彼との距離は目に見えないけど、確実に、着実にゆっくりと近づいてきている。それが分かって嬉しい。

「午後の部1発目のレクリエーション何するんですか?」
「わからねぇ」
「去年と一緒じゃないんですか?」
「何もかもが毎年変わるんだ」

へぇー、と声を出すとご馳走様でした。と声が聞こえた。もう食べてしまったのかと感心していると焦凍くんは私の名前を呼んだ。

「柚華さん」
「なんですか?」
「俺は緑谷に母からもらった個性だけで勝って、あいつを否定する」

なんて返したらいいのかが分からなかった。どうしてそこまで肉親に殺意に似た憎悪の感情を持っているのかもわからない私には彼に何かをいう資格もないんだと思う。
全力で君に勝つ。と言った緑谷くんに全力を出さないのは余りにも失礼じゃないか?そんな事言えない。彼の中で彼の個性は2つに分かれている。母からもらった氷結の個性と、父から貰った燃焼の個性。彼の中のいざこざが解決しない限り1つになることは無い。だから母親からもらった個性だけを使っても焦凍くんはそれが全力だと思っているんだ。

「そして、俺達の関係を変える。あいつが勝手に決めたこの関係を終わらせる…柚華さんだから…」
「はい。わかってますよ。私の事は気にしないでください…“絶対、大丈夫”ですから」
「…ん」

焦凍くんの話を遮るように肯定すると彼は、私の顔を見ることなく立ち上がった。もうスタジアムに戻るのだろう。

「貴方の悔いのない結果になる事を祈ってます」
「あぁ」

それだけ言うと焦凍くんは来た道を戻って行った。距離が近くなったように感じたのは私だけで、彼の中では初めて会ったあの日から何も変わってなかったのだろう。
そしたらなんで私と歩くペースを合わせてくれるようになったの?なんで私の作った料理を美味しいって言ってくれたの?なんであの日私に笑いかけてくれたの?なんで、私の名前を呼んでくれたの?なんで、私の腕の中で泣いてくれたの?なんで、なんで…。

いくつものなんでが浮かんで消えていく。わかってたはずなのに。彼が私を必要としていない事くらい。なのになんで、こんなに胸が痛いの?苦しいの?
零れそうになる涙を必死に堪えても、抵抗すら無駄だと嘲笑うように涙が零れる。

「っ、ひっ…く」

今迄感じたことのないこの感情の名前を私は知らない。胸に手をやりぎゅっと握り拳を作る。それでも何も解消されない。涙は止まることを知らない。知りたくないこの気持ち、感情の名前を知りたくない。

この感情に蓋をしよう。

私は自分の感情と向き合う事から逃げた。逃げた先には何もない。そんなことは分かっている、でも、それでも、この先訪れる彼との別れに直面した時、この感情に名前を付けてしまったらきっと私は耐えられなくなる。それなら、この感情に蓋をして彼の成長を見守ろう。そして、彼の為に行動しよう。
きっと炎司さんは彼の言葉に聞く耳持たないと思うけど、私からも言えば少しは話を聞いてくれるかも知れない。これが彼の為に私が出来る事だから。

スタジアムからは歓声があがっていた。

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