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泣き腫らした目を“凍(フリーズ)”で軽く冷やしてもらい腫れてないかを手鏡で確認して立ちあがって歩きだすとスタジアムから巨大な氷の塊が突き出した。

思わず立ち止まり、何だこれはと凝視してしまう。

何が起こったのかと確認しようとスタジアムまで走り、建物内まで入ると観客がどんまーいと何度も繰り返し言っていた。

本当に何が起こったんだろう。

観客席に辿り着きそこで漸くどんまいコールの理由がわかった。焦凍くんが対戦相手の生徒を氷漬けにしたようで相手の生徒が余りにも不憫に思った観客がどんまいと何度もコールしているのだろう。恐らく決着は一瞬でついてしまったのだろう。
それにしてもなんであんなに巨大氷を作る必要があったのだろうか。無駄な事はしなさそうな彼にしては珍しく思えた。

自分で出した氷を自分で溶かすその背中は寂しそうだった。彼の力になってあげたい。支えてあげたい。見守ると決めた私には叶わない夢だけど、いつか焦凍くんに好きな人が現れて、その人が彼の支えてくれるまで、ちょこんと背中を押すことくらいは許されるかな?

「観客席の皆様に炎系の個性の方はいらっしゃいませんか?消すのをお手伝いしてほしいのだけれど」

ミッドナイトさんが客席に声をかけると何人かが立ち上がって焦凍くんの生み出した巨大氷を蒸発させようとするがスタジアムから飛び出してしまっている為下手に手が出せないでいた。
“消(イレイズ)”のカードなら何の被害もなく消せるので服の中から鍵を取り出した。

「封印解除(レリーズ)!巨大氷を消したまえ」

私はスタジアム内の客席の一番後ろの通路にいた為に誰にも気付かれることなくイレイズを発動させれた。カードからは布を持った道化師の姿をした女の人が出てきて、氷の上にちょこんと立ち手に持っていた布を大きくさせて巨大氷を布で覆った。

「おい、イレイザーヘッド!なんだァ?!あの布は!」
「俺が知るかよ」

3つカウントするとイレイズは布を剥がし元の大きさに戻した。沢山の炎系の個性を持ったプロヒーローが消せなかった巨大氷が忽然と姿を消した。氷があった場所には存在感だけが残されていだが、元からもんなものはなかったと言われてもおかしくない程跡形もなく消えていた。

「何事だァ!!!何があった!なんの個性だよそりゃ!」

プレゼント・マイクさんが実況室から声を大にして言葉を発していた。観客席にいたプロヒーロー達も何があったのか、誰がやったのか分からず騒ぎ立てている。

ここの、この私です。

そんな事間違っても口に出さないが一応心の中で教えておいた。それでも私がやったとわかる人が何人かいるみたいで、その1人がスタジアムのステージから私を驚いた顔で見ている焦凍くんだ。試合を映し出しているスクリーンで焦凍くんが驚いている事が私からはっきり分かる。スクリーンから遥か遠くにいる焦凍くんに笑ってみせたがちゃんと笑えていたんだろうか。

でもこの距離なら見えないも同然か。

寧ろ、よく私を見つけられたなと感心してしまう。視力いいのかな?いや、そうゆう問題なのだろうか。
焦凍くんがステージから退場をするのを見届けて私は炎司さんを探すために歩き出した。きっとさっきの出来事も炎司さんなら私がやったってことを分かっていると思う。待ち合わせしていたわけではないが、午後になっても姿を見せなかったら少しは気になるだろう。探しはしてないだろうが迷惑はかけてしまったことに変わりはない。

走り続ける事数分。炎司さん背中を見つけ声をかけると首だけ動かし、ちらりと私を見ると直ぐに前を向いた。

「何処に行っていた」
「少し迷子になっておりまして」
「あれを消したのはお前だろうが焦凍の試合を見たのか」
「消したのは私ですが、焦凍くんの試合は残念ながら見れませんでした」

素直に伝えると炎司さんは振り返り、私を見た。
どうしたんだろう。そう思わずにはいられない。

「今は下らん反抗期だが、焦凍は俺の上位互換としてオールマイトを超えるヒーローになる為だけに作った仔だ。そして、お前の魔力を合わせ、この先ヒーロー社会において轟家を確立させる。お前はその為に家で預かった」
「…だから、伴侶となる焦凍くんの活躍をちゃんと見とけ。と」
「あぁ、そうだ」

…彼は、焦凍くんは幼い頃から今の言葉を耳にしながら育ったのだろうか。自分の描いていた将来の夢は、父親のこの言葉で剥奪され、略奪される。
もしかしたらもっと酷いことがあったのかもしれない。自身の存在すら憎かったのかもしれない。オールマイトさんを超える為だけの存在、そこに焦凍くんの意思等は介入できないなんて、そんなの只の動く人形と同じだ。
それに結婚相手まで好きに選べない。将来一番に愛する人と未来を語り合うことも出来ないなんて余りにも酷すぎる。

焦凍くんの過去をそして、未来に思いを馳せ1滴の涙が頬を伝った。

言わなくちゃいけない。焦凍くんは炎司さんではないのだと。彼の将来は彼だけのものだと。

「私は納得できません。焦凍くんは貴方のモノじゃありません」
「くだらん」
「くだらなくなんてありません。焦凍くんの将来は焦凍くんだけのものです!炎司さんが勝手に決めていいものじゃありません!」

炎司さんは右手を振り上げ、私の頬を容赦なく叩いた。

「…っ!」

頬を叩かれ、衝撃を受け止められずそのままの勢いですぐ横の壁に激突し、あまりの痛みにしゃがみこんでしまう。痛みに声すら出なかった。
私は叩かれた頬に手を当て、負けじと睨み返す。今の私はただの部外者だ、それでも言わずにはいられない。

「どうして、彼の将来を応援して上げられないんですか?期待してるよって唯それだけでいいじゃないですか!」

炎司さんは私の腕を掴み無理矢理立たせた。手のひらから出る炎に私の腕がじりじりと焼けていく。それでも負けるものかと、涙を流さず、炎司さんを見た。

「焦凍にくだらん情でも湧いたか」
「分かりません。でも私は自分が思った事は間違ってないと思います」
「貴様は余計な事に口を挟むな。轟家の為だけに子を成せ。分かったら2度と俺に逆らうな」

私の腕を掴んでいた手を離し、そのまま何処かに歩いて行った。後を追う気には慣れなかった。
威嚇するように体から出ている炎を大きくさせ、地を這うような低い声をだし、鋭く私を睨みつけていた。今更になって恐怖が体を蝕み、震えだした。
足が震え、腰の力が抜けてその場に座り込む。炎司さんの前で見せないようにしていた涙がとめどなく溢れ出てくる。これは恐怖の対象がいなくなった事への安心感からくる涙なのだろうか。それとも私の言葉が届かなかった事の悔し涙なのだろうか。きっと、どっちもなのだろう。

恐かった。伝わらなかった。痛かった。彼の力になれなかった。

いろんな感情がごった煮になったまま暫く涙を流した。そして、涙が落ち着いてきた頃左腕の火傷の痛みがやってきた。

そう言えば火傷してたんだけっけ。

リカバリーガールのところに行けば治してもらえるのだろうか。でも私学生じゃないし厚かましいよね。取り敢えず“凍(フリーズ)”で目と頬と腕を冷やそう。その為にも人目のつかない所に移動しよう。

私は力の抜けた足でゆっくりと立ち上がり人目のつかない場所を探す為に歩き始めた。

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